24

24 下弦 月齢二十二
夜中に目覚めたオレは、傍らのイルカの姿に安心してまた眠りについてしまった。体は殆ど動かず、腕を伸ばしてイルカの頬に触れるのが精一杯だった。…情けない。
次に目覚めたのは、少しひんやりとした朝だった。薄暗く、窓の外は糸のように細かい雨で霞んでいる。
ベッドの側には椅子に座ったまま眠るイルカが居り、その顔を覗くと血管の透ける薄い瞼と色を失った唇がオレに疲労を教えた。
切ない程に愛しい。生きていて良かったと、本当に思う。しかしこれから先も、また同じような状況に陥る事もあるだろう。もしかしたらオレは死んでしまうかもしれない。
イルカを悲しませないためにはどうしたら良いのだろうかと、回らない頭では結論は出る筈も無いが、イルカを見詰めたままオレは無言で考える。
体は動くようになったかとイルカに向かって片手を伸ばすと、眠っていると思われたイルカの目がうっすらと開けられ、オレを見て微笑みながら涙を流す。
泣かないで、と言ったオレの掠れた言葉が届いたのか、イルカはオレの差し出した掌に頬を寄せうなづいた。
もう片方の腕を伸ばす。思うように力は入らないものの、体は動くようだ。オレはイルカの頬を両手で包み、自分に引き寄せる。イルカが椅子から腰を浮かし、オレの上に覆い被さる。耳元で愛を囁き、深い口付けでイルカの体温を感じて、生きて帰って来たのだと実感する。
オレの、オレだけの。
病室のドアを叩く音に、イルカが慌ててオレから身を離し真っ赤になって俯いた。小さな声でどうぞ、と言うと医者が顔を覗かせて、後は薬を飲み続けるだけなので動けるなら退院しても良いと言う。いつも運び込まれて意識が戻れば勝手に消えてしまうから、今回もそうだと思っていたのだろう。当たりだ。
イルカと共に帰りたい。オレの自宅は里の外れの一軒家だから、イルカも気兼ね無く居られるだろう。
私は火影様に報告をして参りますと、イルカは立ち上がる。有休が取れるといいのだけれどとはにかんでオレを見る。ずっと一緒に居たいんですと言われて、オレは困った顔を作る。
無理な事は解っているからと、寂しさと切なさを演出して目を逸らせば、私がそうしたいんです、とそっとオレの手をその小さな手で包む。
イルカが部屋を出た後、オレは布団を被って笑い出す。イルカが自分から捕われたいと言い出したのだ、ああそうだね、望みを叶えてあげようね。
オレのひそかな笑いは我慢できずに高笑いと為っていく。
これは怪我の功名かと、信じもしない神に感謝すらして、イルカの帰りを待ちオレはまた目をつむる。

昼を少し回った頃、イルカは書類の束を入れた袋を抱えて戻って来た。少し息を弾ませ遅くなりましたと笑顔で、火影様に許可は取りましたと実に嬉しそうに話すのを、オレはやはり笑顔で聞いていた。ただし毎日様子を報告に行くのと、その度に事務の書類を受け取って、家でも出来る仕事をするのだと云う。無理言いました、と笑う顔にサクラの言っていた『子どものような所』ってこれなのかと、確かに以前の真面目で落ち着いたイルカと違う部分に戸惑いもある。なにより目が、とオレの忍びの勘が教えるが深く考えもせずにいた。
カカシ先生が眠っていた昨日の事なのですけど、と突然声の調子が変わりえっ、とオレは顔を上げた。
お付き合いされていた女性の方々がお見舞いに来て下さったんですよ、と一人一人特徴を挙げ、皆さんご存知ですよねとイルカはオレの顔を覗き込んだ。多分オレはしまったと云う動揺が隠し切れなかっただろう。
清算したと思っていたのに、やはり殺しておくべきだったかと、縋り付いた女達を思い出して、オレは唇を噛んだ。そのオレの心を読んだかのようにイルカは、あの方達はもうカカシ先生を煩わす事はありませんよ、と首を傾げて笑った。
だって、私を殺すって言うんですよ。そんな事したらカカシ先生まで死んじゃうでしょ、一緒に死ぬのは嬉しいけど、でも生きて一緒に居たいですから、そうしたらあの方達に消えて頂くしかないんですよね。
イルカに手を出したら、それだけで死ぬのだと云うのか。呪術か言霊か、まあ好都合だなと軽く流してしまったが、後日そいつらの尋常では無い死に方を聞いてぞっとした。
しかしイルカの愛情の深さに感激し、ある意味快感を覚えたのもまた事実だった。狂っているのかもしれない、オレ達は。

退院しイルカに支えられゆっくり自宅へ向かうオレ達の背中に、雨上がりに朧に霞み昇り始めた半月が見える。あれは下弦の月です、と説明され新月までの日にちを数えて、オレは笑いに震える肩を抑え切れ無い。
もう少しだ、と。
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