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15 月齢十四
朝から何やら不穏な気を感じ、牢に居てさえ何かとんでもない事が起こったのだと判る。
警備の人間が火影からの命令書を持って来た。何だ、奪われた術の巻物を取り戻すだけなら簡単だろうが。ああこれはオレに対する罰則ね。ハイハイ、行きましょう。
今日中に帰れることを願いつつ、これで解放されるのだと思うと、最短記録でも作っちゃおうかと浮き足立つ。

火影の元へ行けば、敵の数が多いので誰でもいいから連れて行けと許可され、オレはイルカに念を送った女の中忍二人と手は出さないまでも付き纏っていた男を二人、中忍と特別上忍だったかと指を折る。それから誰を、と火影に尋ねれば二度三度とイルカに暴行した奴らの名が挙がって、これ位は許すからと復讐する気満々のオレを解ってもらえて嬉しいとお互い目で笑う。最高だよアンタ。
当然オレは部隊長。一日経って帰還しなければ、骨を拾うためにアスマが出て来ると。いらねーよ、そんなの。

そして昼までに全ての人員と情報が揃った。
まだ遠くはないから夜までには顔を見られるだろう。あちらには幻術を使える奴がいると紅が注意し、女の中忍達は多少なりとも出来る筈だからいないよりマシよ、盾に使いなさいと結構酷い事を囁いた。
ああ勿論、オレは一番前に出る気は今回はなーいよ。
オレ達の思惑も知らず、彼らはカカシブランドの恩恵に預かれると喜ぶ。確かに無事に帰って来られたら自慢になるけど、一人も帰す気は無いからねぇ。
さて行きますかと、敵に会うまではオレが先頭で走ることにして立ち上がる。取り敢えず、任務が先だ。
まあその戦闘の間に誰が死んだってオレは知らないが。
気を抜くなよ、と声を掛けた。―オレの為にね。

思いの外敵は強い。そしてこっちの奴らは役に立たない。今夜の内に帰れるとは思わないことにした。
持久戦に持ち込まないとオレの写輪眼は使えないだろう。一人一人スタミナを回復させながら倒すつもりだ。盾が沢山いて助かったよね。
明日、もし明るい内に帰るんだったらあまり汚したくないなとふと思う。イルカに会うのに血に塗れた姿は嫌だなあ。
まず一人目をと、オレは先制攻撃を仕掛けに出た。

イルカは穏やかに笑いながら、アカデミーの授業に出ていた。受付は当分休業し空き時間は裏の事務に、要するに火影の監視下に置かれる事になったのだ。
誰も、何も聞かないし、噂もしない。
気の狂った男は街を彷徨い歩いていた。これは見せしめなのだという、カカシの怒りだったのだ。火影も最早黙認するしか無い状況であったし。
なあ、こいつを見ればオレの気持ちが解るだろう、とカカシの声を背負って男は足を引き摺って歩く。
教室の窓からこの男がアカデミーの前の道をふらふらと歩くのを見て、イルカはあらあの人大丈夫なのかしらと呟いた。知らない人を見るように。

傍目には、イルカは普通の状態だった。
よく見れば、または長いこと話をすれば判るのだけれど。
自分に害を及ぼした者達を忘れているのだ。いや、忘れているというよりは、初めから存在していないかのように、一個人の名前すら認識していなかった。
職員室でイルカに意地悪を仕掛けていた同僚の女達が、無断欠勤で今朝から居ない事も、以前いらした先生ですかと聞くではないか。え、と驚いた者も朝からシフトの編成のし直しで忙しくなり、そのまま忘れてしまった。
誰かがイルカに術を掛けた訳では無い。イルカが、自分で自分に言霊を使ったのだ。
ナルトの事で散々辛い目に合い余りにも傷付き過ぎて、けれどナルトには知られたくなくて、イルカは記憶を操作するようになった。
自分の研究した言霊と念で。
だから、カカシの勘は外れていなかったとは云える。その内容は知らされる事は無かったが、イルカしか見ていないカカシだから嗅ぎ付ける事が出来たのだろう。
知ったからと云ってカカシには、いや火影にさえ何も出来はしない。イルカにしか解らない研究だったから、他人は決してそれを『解』する事は出来ない。
もしかしたら、イルカは自分の為にこの研究を始めたのではないかとさえ思えた。復讐の為ではなく、自分の中で始末を付ける為に。
イルカは決して語らないけれど。
きっと、死ぬまで本心は語らないだろうけれど。
今判るのは、無かった事に、居なかった事にした、と云う事実だけ。
もう何年も掛けて蓄積された抑えた思いと云う砂の山は綺麗な円錐を作ったが、イルカは自分で麓から少しずつ掬っては、忘れようと捨てている。砂は少しずつさらさらと崩れて、いつか山ではなく薄く広がって、ただの砂場になるだろう。
イルカの精神が。
ふっ、と笑ったイルカの目には、ほんの少しだけ欠けた月が浮かんでいた。明日は満月。
カカシ先生、早く帰って来て。
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