14

14 月齢十三
曇天の朝、少々の冷気で目が覚めた。
小窓から見える空は、これから泣くかと思われる程暗い。天気に気分が左右されるというのは本当だ、少し鬱な方向に考えが進みそうだ。
イルカの情報が入らない。ひと晩をどう過ごしたのか。火影邸はイルカの第二の家とも言えるのだから顔見知りも多いだろうし何の心配も要らない筈だが、それでも昨日の泣き顔を思えばオレの胸が痛む。
勝手に連絡を取る手段はいくらでもあるが動くなと言われているし、イルカはもうオレのものだから待つ事は出来る。
けれど。ここ数日のイルカの様子が気になる。オレが任務に行っている間に何かあったのか、それとも以前から―。
何か、奇妙な。術を掛けられた訳ではなくやたらと送られていた念の作用とも思えないし、何より質が違う。それだけはオレにも判る。それと、オレの殺気に耐えられるのも何故だ。自慢じゃないがオレは昨日のように殺気で発狂させるなど簡単に出来るのだ。なのに、側で何も感じない筈が無いのに、何故だ。
ふと、イルカが呪詛などに強い事を思い出した。関係無いかもしれないが。
私は実践では役に立たないから、研究者としてお手伝いをするのです、と以前言っていた。言霊や念についてもだったか。
オレが写輪眼でコピーした術の幾つかもイルカによって解明され、術返しや発動出来ないように破壊する術を作り出された事もある。せっかくコピーしたのにと、イルカを知らなかった頃にはそれをふざけるなと怒った事もあったが、その一族の血継限界だから叩き潰すのに必要なのだと言われ、オレは納得したのだ。それが言霊による呪詛だった筈だが。
イルカを知ってからも、あまりにも似つかわしくないから想像すら出来ず、すっかり忘れていた。
強いのか弱いのかも判らない人だとも思った。ナルトの事では随分苦労しましたが、とひと言だけ零した時に口の端でうっすら笑い、天気が悪い時には腕や脚をさすっていた。
紅に聞けば、それこそ八つ当たりで骨を折られたり、犯されそうになったりと思い出したくも無い事が沢山あったのだと言う。狐つきだから、と言われて。
ナルトに手を出すのは恐くて出来ないからね、一番近くに居るイルカならちょうどいいって思うでしょ、と聞かれてそうだね、と何も考えずに返事をして終わったのだが。
そんな事はナルトは全く知らない。イルカの傷は任務のせいだと思っている。
私弱いから直ぐやられちゃうんです、と言っていたのも記憶に新しい。よく考えれば解る事なのに、イルカが任務に『出る』など無い事が。
親しくなってイルカを好ましいと思って、しかしオレはイルカを見てはいなかったのだと、今更気付いた。
イルカに手を出した奴、全部殺してやる。無抵抗で為すがままにと身を差し出したイルカの気持ちも解らない奴ら、全て殺してやる。
此処を出られたら、直ぐに。

オレの思考はそこで遮られた。火影が入って来たのだ。
イルカは屋敷でただ大人しく、一人で居る時には正座をして一点を見詰めるように身動きもしないと云う。
今回の事を耐えているのだと思うがちょっと様子が変だと火影が言うので、狐つきと言われて襲われているのとは別かと問うと、火影は判らないと首を横に振る。何かを、今はオレ絡みの事ばかりだが最近まで時々やられていたんじゃないかと更に問い詰めれば、渋々うなづく。やった奴らを野放しするのかと思わずいきり立つと、謹慎や長期任務で罰を与えているがなかなか治まらないのだと曖昧な態度に腹が立つ。やっぱり解るだけ全部殺してやる。
ここ数日のイルカの様子は黙っていた。火影にも解らないならばたいした事は無いのだと高を括っていたのだ。
そしてオレは、今日も此処から出られない。イルカに会いたいと駄々をこねれば、夕方暗くなってから連れて来ると火影は約束してくれた。
イルカに何か起こるのでは、との不安は消えないまま。ふと牢内の暗がりに薄く白い月の光が差し込みひと形を浮かび上がらせるのを見て、オレは自分が眠っていたのを知る。
イルカがオレが横になっている石のベッドに腰掛けて、オレの髪に手を伸ばすと黙ったまま撫で付け始めた。心地良さにもっと、と思いながら目をつむると、イルカの指がオレの顎まで布を引き下ろした。柔らかく温かい感触に僅かに口を開けると、舌がちろりと入って来た。イルカのうなじに手を掛け引き寄せると深く舌を絡めて吸う。苦しいのか息のような声が漏れ、オレは一度唇を離し紅く熟れてオレを惑わすそれをゆっくり舐めると、まだ押さえたままのうなじの手に力を篭めて、更に深くイルカの唇に吸い付いた。
やっと二人の想いは同じ所に辿り着いたのだと、オレはこの時勘違いしていた。イルカの想いは想像もつかない程深く―。
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