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八日目
そろそろあなたの気持ちも伝えてみましょう。
これだけ誘えば言わなくても解ってくれるだろう―と思っていらっしゃるなら、それは過信という大間違いです。はっきり言葉に出さなければあなたの気持ちは伝わりません。お互いに相手の考えている事が解り合えていない今の段階では、以心伝心にはまだまだ早いのです。
恥ずかしいなどと言わず覚悟を決めましょうね。お相手からの告白を待つなど言語道断、一生ないかもしれませんよ。
この本を手にしたからには必ず成功して欲しい。それが私の願いであり、祈りです。


どうしよう、無理だ。そんな事できやしない。
カカシは結構意気地無しだ。任務以外で口説くなんてやった事はなかった。私情が入らなければどんなクサイ台詞だってすらすら出てくるのに、イルカを相手にすると誉め言葉すら何一つ言えなくなるのだ。
任務が終わる夕方まで、ずっと告白という言葉ばかりがカカシの頭を占めていた。
今日は始終黙々と草取りをこなしたカカシに、七班の子らは反省したのだと少し優しかった。
カカシは報告に一人で向かう。
あ、イルカ先生がいた。
と気配を感じて立ち止まれば、昨日サスケがイルカに相応しいと口にしたサツキもいる。
イルカは楽しそうに、校庭から教室を覗き込んだサツキと顔を寄せて話をしている。サツキが耳に口を寄せ何かを話すと、見詰め返したイルカは蕩けそうな笑顔になった。
カカシは息が止まる思いだった。脚が震え力が抜けそうだが、側の樹に縋り付いてどうにか立っていた。見たくないのに、二人から目が離せない。
何を話しているのだろう。サツキはイルカが好きなのか、イルカはサツキが好きなのか。
…そうか、これが昨日あいつらが言っていた事か。
イルカ先生にオレが見せた数々の場面。
え、ってイルカ先生はショックを受けてたらしいよな…もしやオレの事を? いやいやまだ解らない。誘われたら相手が誰でも嬉しいものなんだって女達も言ってたし。
どうしよう、イルカ先生の気持ちを聞きたい。オレがイルカ先生を好きなんだって知って欲しい。
サツキなんかには負けない、オレの方がイルカ先生を好きなんだ、オレの方がイルカ先生に相応しいんだ。
カカシは鼓動の激しい左胸に手を当てた。頭にも血が上っているだろう、頬が熱い。だが二人の前に出る勇気はなく、そっと立ち去った。そしてその方向をちらりと見やったサツキがふん、と鼻で笑う。
「なあに?」
「いえ、ちょっと虫が、蜂かな。」
「やだ、何処。」
追い払いました、とサツキはイルカに微笑んだ。まだ少年だが中忍として任務をこなす最近、いきなり精悍な顔になってきた。無駄な肉が削げ逞しくなったサツキに、イルカはどきりと胸を弾ませた。
「イルカ先生、僕ははたけ上忍に似てるらしいですね。」
「…そうね、最近は一緒にいる事が多いんでしょ、仕草とか。」
「顔つきも似てるっておねーさん達に言われるんですよ。」
親戚でもないのにね、と笑う顔は確かにカカシを彷彿とさせ、イルカの頬は知らず染まっていく。
じゃあまた、と去り際にふと思い出したようにサツキはイルカに顔を寄せた。
「こんな風にしてたら、誰でも気になるよね。」
声を残して消えたサツキの姿を追うでもなく、イルカは空を見上げた。
サツキはこのところイルカには理解できない言動をする。何かストレスでも溜めてるのかな、と見当違いのイルカは振り向いた時計の時刻に慌て会話はすっかり忘れて仕事に戻った。
季節によって夜の色も僅かに違うのよね、と暮れていく窓の外をぼんやりと眺めていたが、大分暗くなっても報告に来る筈のカカシは姿を現さない。イルカの就業時間はあと五分。
時間切れと立ち上がってイルカが荷物を取りに職員室に戻ると、机の上には先程はなかった積み上げられた過去半年の任務表がイルカを待っていた。
「それ、三代目が明日の朝までに分類して綴じておいて欲しいって。」
イルカ先生がご指名だったので、とすまなそうに先に帰る先輩にイルカは頭を下げた。
わざわざ持ち帰れない物を職員室に寄越すなんて、そんなに急ぎだったのかしら。
まさか三代目がカカシと会わせない為の口実に作った仕事とは知るよしもない。イルカもカカシに会いたくなかったからこれ幸いとそれに打ち込んだが、時折仕分けの手を止め結局はカカシの事を考えてしまう。
最近見かけるカカシがいつも違う女性と歩いていた事、とても親しげに寄り添っていた事、それを何故土下座までして謝ったのか。
カカシが美女達とは毛色の違う自分を暇潰しにしているとしか思えない。誰にでもマメにどんな手でも使うのがもてる男なのよ、といつか誰かに聞いていたから。

カカシの誠意は全くもって、イルカに伝わっていなかった。
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