トレビアーン、とイルカが両腕を振り回して叫んだ。
なんだそれ、と周りは大笑いする。
「すっごい遠くの国の言葉で、素敵とか素晴らしいって意味なんだって。」
図書室に届いた新刊の旅行記を読んで触発されたらしい。案外イルカは俗物なんだと一人が笑う。
うっるさあーいぃ、と弾んだイルカの笑い声がカカシの耳に心地好く入ってきたが、黙らせようとその男の腕にしがみついた時にはチリと胸が焼けた。それが何故かはカカシにも理解できず、更にそこから一歩も動けないままイルカを凝視し続けた。
暫く女性同士で固まって話をしていたが、やがてイルカは一人で歩き出した。次に行かないのか、と財布の中味を確かめながら相談していた男性陣から声が飛んだが、イルカは明日は朝イチの受付だから無理だー、と大きく手を振り未練たっぷりの足取りで帰路に着いた。
朝イチの受付とは、夜明け頃の裏の受付の事だ。公にできない内容の依頼引き継ぎと処理を一手に引き受ける。ただ機密性の高い内容の為に、携わるのはほんの数人だ。定年若しくはよんどころない事情に寄る退職で欠員があると、内勤のアカデミー教職員や事務職員から希望者を募る。まず徹底的に身元を調査し、厳しい適性検査に合格して一応採用となり、試用期間には暗部の護衛付きで最前線に出たりもするのだ。
ただの事務でも中味を知らなきゃできねえ仕事だ、とその時の監督官が言った意味は受付に座ってすぐに、理解できた。
その後のイルカは暫く声が掛けられない程ピリピリしていた。いくら火影の側にいたからといっても真の闇は教えてもらえなかったから、自分の中で咀嚼し消化するまでに時間が掛かったのだ。
だが乗り越えて、そうして今は何事もなかったように笑っているのを、カカシは掠めるように見聞きして知っていた。数年ぶりの新人でしかも若い女性は珍しかったから、いつまでもつかという興味だけで。
当時のイルカの様子を朧気ながらに思い出しふふっと微笑みながら、カカシはこっそりイルカの後を追った。そしてイルカがアパートの階段を上り真っ暗な部屋のドアの中に吸い込まれたのを見届けると、カカシも安心して埃臭い部屋へ戻っていった。
明日はイルカ先生に看病のお礼を言って、それから、それから。
お茶か食事に誘おうか、遠出したら何かお土産でも渡そうか、と考えるだけで心が弾む自分にカカシは理由が見付けられなかった。
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