あの、と小さく躊躇うような声が俺の後ろから聞こえた。俺は上忍師になって半分は里に縛りつけられてしまい、正直暇をもて余すだろう日々を憂えて、上忍待機所に遊びに行くところだった。
何かと思って歩きながら振り向くと、書類のファイルを手にしたイルカ先生が俺を見ていた。
「何か?」
立ち止まって声を掛けると小走りで近寄って、おずおずと手のファイルを差し出してきた。受け取るわけでなくそれを覗きこむと、資料とだけ書かれている。
「これは?」
「あの、カカシ先生が担当なされる子ども達の、アカデミーでの成績や履修内容などを纏めてみたんですが。」
今年の下忍合格者はイルカ先生が教えた生徒が多かったから、他の上忍師達にも同様に渡しているらしい。
昨日の上忍師全員の顔合わせには、任務明けにひと眠りした俺が遅刻した。ひと通りの挨拶が終了した時にも俺はまだ家で、急いで来てみたのだがイルカ先生に会えないまま、このファイルも受け取れなかったのだ。
その時顔も知らないからと、とりあえずイルカ先生の顔写真を見せてもらい、鼻を横切る大きな傷と馬の尻尾の黒い髪が特徴的だと記憶していたが、今初めて会って実物は写真よりかなり可愛いと思ったのだ。強そうな顔つきは好みの範囲ではある。

俺は資料なんか別にどうでもいいけど、せっかくだし受け取っとくかな、と手を伸ばした。
「ご苦労様。でも俺は先入観で人を見たくないから、読まないかもしれないよ。」
イルカ先生は途端にはっはと息を飲み、しまったという顔になった。
「すみません、差し出がましい事をしました。」
勢いよくお辞儀をしたまま顔を上げないからどんな表情をしているのか判らないが、困っていることだけは確かだろう。
言ってしまってから俺も困っている。お互い悪気はないから、どう話を繋げばいいのか糸口は見付からない。
「とにかくありがとう。いつか参考になるかもしれないからね。」
居心地の悪さを解消するために、イルカ先生が顔を上げる前に立ち去ることにして、何もなかったように俺は歩き出した。
「お心遣い、ありがとうございます。」
ほっとしたような柔らかい声を背中に受けて、振り向かず歩きながら手を振るとまた彼女がお辞儀をした気配に、俺は知らず微笑んでいた。
悪くない、第一印象は。
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