２ 月齢一
朝の受付は、清々しい空気に満ちていた。イルカはいつものように忍服に身を包み、髪を高い位置で結っている。しどけないゆうべの姿を思い浮かべて背すじがぞくっと震えた。
子ども達は畑仕事が嫌だとまた文句を言っている。
イルカに向けて優しい顔で、今日は早く上がれそうですかと問えば、戸惑ったようにうなづきながらはいと返事が返る。お疲れのようですからたまには早く帰りたいでしょうねと言いながら、耳元でオレに時間をくれませんかと囁くと、肩を震わせ下を向いた。聞き取れない位小さな声で、何かありましたかと聞き返され、わざわざ今度は耳に息を吹き掛けながら、食事に行きませんかと誘いをかける。私なんかじゃ楽しくないですよと言いはするもののうっすら顔が赤くなり、オレは早く帰って来ますからとにっこり笑い、受付を後にした。
朝から腰が疼いてしまうじゃないか、あんな可愛い顔は。だから暫くの間のオトモダチとなった右手は、早くとトイレにオレを誘うのだ。一発抜かなきゃ歩けもしないオレは何と情けない。
夕方、思いの外早く畑仕事は終わった。案外楽しかったな。土遁の術で耕すなんて考えもしないと驚かれ、やらせてみれば自分らが埋もれてしまったり。イルカを手に入れるという目的が出来たからなのか、オレは初めて今が充実していると思えた。
大分汚れた体で報告書を提出に行けば、イルカは何事かと立ち上がり子ども達を気遣う。元気な笑い顔に安心して椅子に腰を下ろしたが、少々ぐったりした様子が伺えた。イルカの震える指先にそっと触れ理由を聞くと、橋の補修で崩れた石がいのの上に落ちて来て、つい先程病院に収容されたのだという。様子がわからないから、もう少しして仕事が終わったら帰りに寄ってみたい。だから今日はご一緒出来ません、と頭を下げるイルカにオレは、ならば一緒に行きますよと告げた。
勿論イルカは断ったが、少し強く言ってみた。仕事も手に着かないようでは、忍びとしても教師としても子ども達に示しがつかないでしょうと、白くなるほど強く握り締められた指を解いてやってついでに指を絡ませた。ちょっとやりすぎかとも思ったが、本人は気付かないのでそのまま手を繋いで立ち上がらせ、隣の受付員に悪いけど連れて行くよと声を掛けて、半ば強引に連れ出した。
足の縺れるイルカの肩を抱いて歩き出しても、いつもならセクハラだと騒ぎ出す子ども達も流石に何も言わずについて来る。
病院ではいのはまだ治療中で、アスマは本物の熊のようにうろうろするばかりだった。駆け付けたいのの母親には、イルカが対応した。あれだけうろたえていたのに、いざとなると気丈だねぇと、オレは改めて惚れ直したもんだ。
いのは足をくじいただけで済んだようだ。怪我自体あっちゃならないもんだがイルカの手前、よく避けられたと誉めてやった。アスマなどは本気でそう思っているんだろうねえ、馬鹿らしいって。
オレ達にくっついて来た子ども達も気が抜けたのだろう、急に騒ぎ出した。ナルトが飯が食いたいと喚き、暗に奢れと言っている。イルカは困ったように今日はちょっと、と口ごもった。えーと唸るナルトに、実はオレ達デートなんだと言ってやれば、今度はサクラの高音がえーと重なった。サスケに至っては口を開けたままだ。
ついでに子どもらも懐柔するかと、では皆で一楽へとナルトの背を押した。躊躇うイルカの手を引いて、ハプニングはいい方向へと転がってくれるもんだとオレはほくそ笑んだ。
食べ終わって一応そこで別れたが、オレはイルカを送ろうとさっさと歩き出した。一人で帰れると言うが、誰かに襲われたらと思うと無駄なチャクラが漏れ出す、やばいオレ。
イルカのアパートの前でオレ達は立ち止まった。名残惜しいという雰囲気を漂わせて黙り込めば、イルカが振り絞るような声でゆうべは何故此処へ、とオレに問い掛ける。
人を殺したんです。
一度家に帰りましたが、貴女に会いたくて、気が付いたら此処に立っていました。
イルカがオレを見つめ、掛ける言葉を探すが、見付からずに目を逸らした。
いいんですよ貴女には関係ない事だ、と突き放したような言い方をすれば、私に何か出来る事はありませんかと目が潤んでいる。これでイルカは自分の身を差し出した事になるのだ。もう引き返せない。オレは喜びを噛み締めて、誰にも見せた事がない情けない顔を作り、側に居て下さいとわざと感情を押し殺した風を装った。
私でよければと、これは告白のように聞こえオレは演技ではなく離れたくないと思うが、真っ暗に近い下空に傷痕のような、忍びでなければ見えない月の影が笑う。
おやすみなさいと耳に吹き込んで、オレは空を跳んだ。笑いが止まらない。イルカはもう何があってもオレから離れない、オレを拒まないだろう。早く此処まで堕ちて来るといいねぇ。
朝の受付は、清々しい空気に満ちていた。イルカはいつものように忍服に身を包み、髪を高い位置で結っている。しどけないゆうべの姿を思い浮かべて背すじがぞくっと震えた。
子ども達は畑仕事が嫌だとまた文句を言っている。
イルカに向けて優しい顔で、今日は早く上がれそうですかと問えば、戸惑ったようにうなづきながらはいと返事が返る。お疲れのようですからたまには早く帰りたいでしょうねと言いながら、耳元でオレに時間をくれませんかと囁くと、肩を震わせ下を向いた。聞き取れない位小さな声で、何かありましたかと聞き返され、わざわざ今度は耳に息を吹き掛けながら、食事に行きませんかと誘いをかける。私なんかじゃ楽しくないですよと言いはするもののうっすら顔が赤くなり、オレは早く帰って来ますからとにっこり笑い、受付を後にした。
朝から腰が疼いてしまうじゃないか、あんな可愛い顔は。だから暫くの間のオトモダチとなった右手は、早くとトイレにオレを誘うのだ。一発抜かなきゃ歩けもしないオレは何と情けない。
夕方、思いの外早く畑仕事は終わった。案外楽しかったな。土遁の術で耕すなんて考えもしないと驚かれ、やらせてみれば自分らが埋もれてしまったり。イルカを手に入れるという目的が出来たからなのか、オレは初めて今が充実していると思えた。
大分汚れた体で報告書を提出に行けば、イルカは何事かと立ち上がり子ども達を気遣う。元気な笑い顔に安心して椅子に腰を下ろしたが、少々ぐったりした様子が伺えた。イルカの震える指先にそっと触れ理由を聞くと、橋の補修で崩れた石がいのの上に落ちて来て、つい先程病院に収容されたのだという。様子がわからないから、もう少しして仕事が終わったら帰りに寄ってみたい。だから今日はご一緒出来ません、と頭を下げるイルカにオレは、ならば一緒に行きますよと告げた。
勿論イルカは断ったが、少し強く言ってみた。仕事も手に着かないようでは、忍びとしても教師としても子ども達に示しがつかないでしょうと、白くなるほど強く握り締められた指を解いてやってついでに指を絡ませた。ちょっとやりすぎかとも思ったが、本人は気付かないのでそのまま手を繋いで立ち上がらせ、隣の受付員に悪いけど連れて行くよと声を掛けて、半ば強引に連れ出した。
足の縺れるイルカの肩を抱いて歩き出しても、いつもならセクハラだと騒ぎ出す子ども達も流石に何も言わずについて来る。
病院ではいのはまだ治療中で、アスマは本物の熊のようにうろうろするばかりだった。駆け付けたいのの母親には、イルカが対応した。あれだけうろたえていたのに、いざとなると気丈だねぇと、オレは改めて惚れ直したもんだ。
いのは足をくじいただけで済んだようだ。怪我自体あっちゃならないもんだがイルカの手前、よく避けられたと誉めてやった。アスマなどは本気でそう思っているんだろうねえ、馬鹿らしいって。
オレ達にくっついて来た子ども達も気が抜けたのだろう、急に騒ぎ出した。ナルトが飯が食いたいと喚き、暗に奢れと言っている。イルカは困ったように今日はちょっと、と口ごもった。えーと唸るナルトに、実はオレ達デートなんだと言ってやれば、今度はサクラの高音がえーと重なった。サスケに至っては口を開けたままだ。
ついでに子どもらも懐柔するかと、では皆で一楽へとナルトの背を押した。躊躇うイルカの手を引いて、ハプニングはいい方向へと転がってくれるもんだとオレはほくそ笑んだ。
食べ終わって一応そこで別れたが、オレはイルカを送ろうとさっさと歩き出した。一人で帰れると言うが、誰かに襲われたらと思うと無駄なチャクラが漏れ出す、やばいオレ。
イルカのアパートの前でオレ達は立ち止まった。名残惜しいという雰囲気を漂わせて黙り込めば、イルカが振り絞るような声でゆうべは何故此処へ、とオレに問い掛ける。
人を殺したんです。
一度家に帰りましたが、貴女に会いたくて、気が付いたら此処に立っていました。
イルカがオレを見つめ、掛ける言葉を探すが、見付からずに目を逸らした。
いいんですよ貴女には関係ない事だ、と突き放したような言い方をすれば、私に何か出来る事はありませんかと目が潤んでいる。これでイルカは自分の身を差し出した事になるのだ。もう引き返せない。オレは喜びを噛み締めて、誰にも見せた事がない情けない顔を作り、側に居て下さいとわざと感情を押し殺した風を装った。
私でよければと、これは告白のように聞こえオレは演技ではなく離れたくないと思うが、真っ暗に近い下空に傷痕のような、忍びでなければ見えない月の影が笑う。
おやすみなさいと耳に吹き込んで、オレは空を跳んだ。笑いが止まらない。イルカはもう何があってもオレから離れない、オレを拒まないだろう。早く此処まで堕ちて来るといいねぇ。
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