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七月 その二
びくりとイルカの肩が震えたが、カカシは離そうとはしない。
怖ず怖ずと、カカシの唇はイルカの唇へ移動した。しかし熱い唇を捉えると、カカシは貪るように噛み付くように深く舌を差し込み絡ませ、イルカが抵抗するのを黙らせる。いや、イルカはあまりの事に口もきけず抵抗も出来はしなかった。
ただ体が熱く、胸が締め付けられるような苦しみが襲う。それなのに、カカシの唇を喜んで受け入れている自分がいる。
今まで触れて来たのとはまるで違う、明確に意思を持って奥深く入り込んで来る。イルカの頭は動揺に真っ白に為り、ただ事実を受け入れるだけだ。
深く浅く、何度も角度を変え、カカシはイルカに口付けを続けた。どれだけの時が流れたのかも判らない程に。

病室に近付く人の気配がする。カカシは、イルカのうなじに回した手の力を抜いた。見詰め合うままカカシがごめん、と言いかけて口を閉じ頭を横に振る。謝るならこんな事するな、馬鹿か俺は。
だが本当に伝えたい言葉は言ってはならない。言えば箍が外れて、俺は貴女を掠ってしまう。馬鹿じゃねーの、と熊に笑われるだろう、さっさと決めちゃいなさいよ、と姐御にはたかれるだろう、けれど。
けして変えられない、貴女が出した結論。そして俺が出した結論。
解っていても我慢出来ずイルカに口付けて、答えてくれた事で想いは通じ合ったと胸は高まる。二人だけの秘め事、と黙った侭笑みを交わした。
イルカは椅子に座ると、火傷したって聞きましたが、とカカシに優しく尋ねた。えっと、実は。
ガラガラと戸が開き、イズモがお取り込み中すみませんが、とわざと大きな声を掛ける。
助かったよ、今虐められてたんだ、とカカシも明るく返す。椅子に腰掛けた侭のイルカが振り向き、こんな姿に為った理由を聞いているだけです、と眉間にしわを寄せてみせた。
はは、とイズモは笑い、後から続いて入って来たコテツから書類を受け取って、イルカに渡す。報告書という文字に慌て、まずいんじゃ、と呟くとお前が受けた依頼だろうと言われて。
さっと目を通すと、カカシの雷切と他の者の術の一瞬の交錯に因りスパーク、発火してカカシの体を突き抜けたのだと記載してある。
「通電…ですか。」
てか、燃えたんですか、貴方は。無事だったからいいけど、何やってんでしょうね。書類を丸めてスパンとカカシの頭を叩く。
あの雨の中、いくら体質的にはそれで死なないと解っていても、無謀だよなあ。と後ろで二人が、呆れたようにイルカに賛同する。
ですよねえ、と三人に非難されたカカシは薄汚れた白髪だけ残し、布団に潜り込んだ。
暫く休みが貰えるそうですよ。とコテツがカカシに声を掛ける。
「退院後は、慣らしにアカデミーの七夕の手伝いをするようにと、火影様からの命令です。」
何それ。布団から顔を出したカカシは、一週間も要らないのに、と呟く。
だがイズモが打ち合わせにイルカを置いていきますから、と礼をして、返事を待たずに戸を閉めて二人は帰ってしまった。
どういう事ですか。さあ、私も聞いてません。
沈黙の向こうに、アカデミーの鐘が聞こえた。
「少し眠って下さい。」
イルカは微笑んで、カカシの布団を掛け直した。
微かに寝息が聞こえ、カカシが眠った事を知る。
イルカはまだほてる顔に、逆に汗をかきながらも冷たい手を当てた。漸く落ち着き先程の事を思い返せるように為って、長く息を吐く。
私は、ううん私達は、と穏やかなカカシの寝顔を見る。愛してるなんて言葉は、私もカカシ先生もお互いに求めない。私達には一生ほどけない絆があると解ったから、これで終わりにしよう。こんな気持ちであの方に嫁ぐのは申し訳ないけれど、精一杯努めるからどうか許して欲しい。
人から見れば、裏切り…なのかもしれない。カカシ先生もツグナリ様も弄んでいる、と言われても仕方ない。でも、私の心が求めるのはカカシ先生だけ。
どうして、どうして私なの―。転がる運命に飲み込まれる自分を呪いそうに為る。
泣くもんか、とイルカは涙を堪え、窓の外のしのつく雨を睨んだ。私が決めたんだから、文句は言うまい。けれど、と鳴咽が漏れないように噛み締めた唇は、震え続ける。
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