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七月 その一
「今年の雨は長いねぇ。」
受付で、以前依頼した農作業の内容を変更したいと言う老婆に話し掛けられ、イルカは窓の外から視線を戻した。
「はい、毎日降っていますね。お仕事に為りませんよね。」
いちいち丁寧に返すのは、老婆が一人暮しで寂しいと知っているからだ。
最初の依頼は裏山の除草作業だったが、続く雨で土砂が落ちて家の周りに泥の沼が出来てしまい、先にそれをどうにか出来ないかと相談されたのだ。
溜まる依頼の優先順位を付ける為、受付員達は現場を全て確認していた。
そこは除草だけだからまだ先でいいと言っていたが、土砂崩れの危険があると注意書きが添えられていた。ならば今日はそれを優先すべきかと、一人が現場を確認に行き、慌てて戻って来た。
耳打ちされたのは、家が低地にあり流れた雨が集まって来ている事。皆は老婆に悟られないように、緊急事態を火影に報告しながら地図を覗いた。
山の麓に老婆の家。そこより少し離れて集落があるが、傾斜は続き雨水はそちらへと流れ出して来ている。
「婆ちゃんちが楔の役目をしてるんだ。家が流されちまったら全部集落へ鉄砲水がどおーんと…。」
一瞬の間。火影の指示を待つ。
唇だけで行けと言われて、手隙の上忍中忍の手配にイルカ以外が散った。
老婆に安心して下さいと声を掛け、イルカは話の相手を続ける。本当は自分も行きたいが、老婆を一人にさせる訳にはいかない。火影に許可を取り、隣の受付員の為の休憩室へ移動する。
お茶とお菓子を用意し、イルカは腰を落ち着けた。
家の事から気を逸らすように上手く誘導して昔話を引き出し、自分は聞き手に回る。一時間、二時間。そろそろ話も尽きる頃、受付が騒がしくなり、皆が帰って来た事を知る。一人が泥まみれの顔を出し、にかりと笑って消えた。
おうちの方はどうにかなったようですよ。イルカは言葉を選び、老婆と受付に戻った。泥沼の水がはけたと聞き、何度もお礼を言いながら頭を下げ足早に帰宅する後ろ姿が消えると、途端に騒がしくなる。後始末が全て終わったところで、カカシが倒れたというのだ。
本人はチャクラ切れだから構うなと言い、けれど擦り傷切り傷だらけで更に火傷までしていれば、病院に放り込むしかなかろう。
火傷って、なんで。イルカの呟きに、自分で確かめて来いと追い出される。皆報告書をどう纏めようかとそちらに向いてしまった。
戸惑うイルカに、イズモとコテツが行くぞ、と促す。
はい、と返事をして二人に付いて歩き出してはみたものの、イルカは困惑していた。何故自分が、何故この二人が、などと疑問は尽きない。しかし、口を挟む間もなく二人は早く歩けと急かしながら先を行く。

病院の一室に入ると直ぐ、イズモとコテツは事務上の手続きがあるから、とイルカを置いて部屋を出て行った。
残されたイルカは、ベッドに横たわるカカシをちらりと見て直ぐに俯いた。困った。どうしよう。勢いで付いて来たけど、私はどうしたら…。
その様子を見て、カカシがぼそりと呟くようにイルカに言う。すみません、ご迷惑をお掛けして。
いかにも申し訳なさそうな声に、イルカは思わずそんな、と顔を上げた。目が合って、そのままお互いに何も言えず見詰め続ける。
漸く口を開いたイルカは、お疲れ様でしたと型通りにしか言えなかった。だが言葉にした事で、緊張していた自分を知る。ぽろりと一粒、涙が零れた。あれ、何で。
ど、どうしたんですか。カカシが動かない体を無理矢理起こそうとして叶わずにぎし、とベッドが揺れた。
ああ、動けません。お願いだから、此処迄来て。
戸口の側にいたイルカは、カカシの呪文のような言葉に吸い寄せられるかのように、ふらりとベッドの脇に進んだ。
泣かないで、とカカシはやっとの思いで腕を上げてイルカの頬の涙を拭った。なんて優しく温かいのだろう、とイルカはカカシの細いがゴツゴツした男の指を頬に感じて目をつむる。
カカシはほう、と息を付く。柔らかくて温かい、イルカの頬。指をうなじに回し、少し力を入れると顔が近付く。
閉じた瞼にはまだ涙が残り、カカシはその涙を唇で拭うようにそっと口付けた。
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