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六月 その二
「へへ、親子みたいだ。」
それはナルトなりの思いやり。人前では、いや人前で無くとももう二人きりで会う事は出来ないからせめて、と。
「こんな出来の悪いこどもは、産んだ覚えが無いんだけどね。」
と笑ったイルカには伝わっていた。ありがとう、とナルトの手を強く握り返す。カカシも笑って、どちらかといえば可愛いサクラの方がいいなあ、と振り返った。
ありがとう、とサクラとサスケに目を細めて礼を言う。それに二人も目で返事を返して、笑った。

一楽では、人目があってカウンターにカカシとイルカを並ばせる事は出来なかったけれど、当人達はそれでも充分だったろう。

舞姫のお披露目は、よく晴れた日だった。神社の舞台は大祭当日までは使えない為、仮舞台が火影岩の下に作られた。こんな所にお金と力を使わなくても、と皆思うがそれがしきたりでは仕方ない。五十年に一度なら、若い忍びにも次は無いかもしれないからね、と囁かれてもいたのである。
イルカは巫女姿に着替えた。当日の舞いの構成は、巫女が神を呼ぶ、そして呼ばれた神に扮した若い男が地に降り立つ短い舞いを舞う間に、婚礼の衣装に着替えて現れる。同時に神は舞台から消え、嫁は繁栄を祈り自分を犠牲にして国を守る為の舞いを舞う。つまりは人柱、いけにえだ。その昔は本当に人柱として、森の奥に置いていかれたらしい。選ばれるのは、身寄りの無い美しい遊女だったとも伝えられている。その名残からか、婚礼の衣装は振袖の上に、花魁しか着られない最上級の着物を肩に羽織る。勿論帯は前で結び、神に解いてもらう為に誇示するのだ。ただ髪型はそのままでは重いので簡略化され、張り出した鬢の髪の中には詰め物をして、大きな簪でごまかすようにした。
イルカは先日一度着せてもらい、通しで踊ってみた。これはかなり大変な事だと、他の誰より忍びの自分で良かったかも、とさえ思うような辛さであった。
今回はイルカのお披露目だから、巫女の舞いの触りだけを見せれば良いのだ。軽く体を伸ばし、出の音楽を待つ。
謡いが始まり、イルカは舞台へ音も無く軽々と進んだ。手は抜けない、私に全てが掛かっている。震えが止まらないが、扇だけは落とせない。
ほんの数分だったが、幾度も振り付けを忘れそうになり、汗で手が滑り、イルカは終わった瞬間に唇を噛んだ。舞台の裏に警備の上忍達の見知った顔が見えて、知らず気が緩む。脚が震えて、涙も零れる。抱き留めたのはカカシだった。
今だけと周囲も見ない振りをしてくれたから、イルカはわあわあ声を上げて泣いた。踊れない自分が悔しいと、カカシの胸に縋り付いて気が済むまで泣いて、気が付けばふらふらで頭痛も酷い。カカシはイルカにタオルを差し出しながら、自信を持って、と囁く。とても綺麗でした。でも、出来ればオレを見て欲しかったです。
え、気付きませんでした。とにかく失敗しないようにと思ってましたけど私、あがっちゃいました。こんなんじゃ、とまた思い出してイルカの声が詰まる。
いいから着替えましょう、とカカシはその背を押し、頼むと紅に渡して仲間の元へ戻った。
着替えたイルカの元へ、火影と見知らぬ白髪の男が現れた。大層労われ、しかし自信を失っているイルカには火影の話も上の空だった。ツグナリ、と聞こえ顔を上げると白髪の男が自己紹介をしていた。
「ご自分で来られない事が非常に残念だと、これを言付かりました。」
とツグナリ付きの大臣だという男は、小さな箱を風呂敷から取り出して、イルカの前に置いた。
思わず火影を仰ぎ見ると、無言でうなづいている。今此処で開けろというのか。
「どうぞ、お納め下さい。」
と言う大臣の言葉には、返事を持たずには帰れない、との断定的な響きが含まれていた。相手は、非公式にして公式な使いの大臣である。受け取らない訳にはいかない。
拝見いたします。と言ったイルカの言葉は掠れている。意を決して、という程に大袈裟な仕種だと自分でも思いながら膝でにじり寄り、置かれたビロードの箱を手に取って蓋を開けた。
―指輪。
見詰めたままのイルカに、大臣が声を掛けた。
「お披露目のお祝いでございます。今回は大袈裟なものではありませんが、何か身に着ける物が良いかと思われまして。」
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