42

六月 その三
手に取れば、少し小さめで。小指になら邪魔にならないかと、といかにも普段身に着けない、男の人が考えそうな事だ。いや違う、小指だなんて男は考えない。
ツグナリに女の影が見え、イルカは眉を潜めたが、国主の次男ならば当たり前だと思い直す。世継ぎ候補はある程度多い方がいいとされ、またその中でも適応者が選ばれるから。
でも自ら愛人を作るような人じゃない、と心で否定するのは、イルカがツグナリに対して何かしらの感情を持ち始めたからだ。

あれから二人は何度か会っている。ツグナリの訪問により安らぐ自分に、イルカは戸惑っていた。
カカシ先生は好きだ、否愛している。けれど、この想いが報われる事は絶対にないのだ。あの人に優しくされると、もしかしたらと思ってしまうのだけれど。

紅先生に、カカシ先生は私が好きなのだと言われたけれど、そんな都合の良すぎる話はないだろう。誰にでも優しいあの人は、部下達の担任だった私が心配性だからと、特に気に掛けてくれただけ、とこの期に及んでまだイルカはカカシを否定する。心と裏腹に―。

如何ですか、との言葉はイルカに指輪をはめてみろとの催促だ。仕方なく右手の小指に通してみると少し緩く、台座の付いた石がくるりと回る。左の指は利き手の右より細いのは判っていたから、イルカは少し考えて、鎖に通して首に掛けます、と大臣に微笑んだ。

その日から、忍服の下のイルカの首にはツグナリに贈られた指輪が下げられた。
サイズについては、大臣が周りの者達に聞いてこれくらいだろうと見当を付けたので、と申し訳なさそうに謝ってくれた。その場でサイズを直して指にはめると言わなかったのは、指輪をカカシに見られたくなかったから。知られればカカシは更に離れてしまうと、イルカは我ながらなんてずるいのだろうと、泣いて泣いて。
紅はそんなイルカを責めるでもなく、さりげなく慰める。そうやって悩んで、もっといい女になるのよ。
私なんか別に、と返せばあらあたしの次にいい女よ、あんたは。と心を解してくれる。紅の気遣いに言葉もなく首に縋り付くと、本当に縋り付きたい相手は間違えちゃ駄目よと、真剣な声が耳元に。
イルカはびくりと体を震わせた。無理だと解っていてもカカシを想い続けろと、紅は言うのか。
「死ぬ迄好きでい続けなさい。」
「無理です。」
即答だった。弱い自分は自覚している。だからもう、ツグナリに依存し始めているではないか。
俯くイルカは首を横に振る。もういいんです。と言った途端にぱんと音がして、イルカは左の頬が痺れるのを感じた。
紅が声を荒げてイルカを睨んだ。
「あの世で一緒になるくらいの根性持ちなさい。」
めちゃくちゃ言ってませんか、とイルカが笑うと紅も肩を震わせて笑った。確かに、全くよね。
校庭のベンチで並んで沈む夕日を眺めながら、どうしたもんかねえ、と呟いた紅は、イルカの髪をさらりと梳いた。ふと、カカシの為に伸ばしている事を思い出し、死ぬ迄伸ばし続けるのもいいかも、と思う。あ、でも怨念籠りそう、とくすりと笑うと紅がイルカの頭を撫でて、落ち着いたみたいね、と立ち上がって後ろを指差した。
振り返れば、カカシが所在無さげに立ってこちらを見ていた。
「周りの目なんか気にしなくていいのよ。」
でも、と言う間に二人きりになってしまった。
今まで通りにしていればいいのだと、イルカの中で決意は固まった。貴方を好きでいる事は私の自由なのだから。

カカシに向かって歩き出す。こんにちは、と頭を下げていつも通りに笑って見せた。
何か思い詰めていたようなので、紅に頼んじゃいました。すみません、余計なお世話でしたかね。低く優しく響く声が、心に染み入る。
ありがとうございます、と震えそうな声を押さえてイルカは笑った。夕食は何にしましょう。
カカシが真っ赤に為った。
今日は夏至なので、この時間でも明るいんですよ。隣を歩くイルカの声は悩みが吹っ切れたようで、澄んで柔らかい。生返事をしながら、カカシは安堵の息を吐いた。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。