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五月 その一
あんた、痩せたでしょ。と紅は、イルカの胴回りに腕を回した。そうですか、うちに体重計が無いので判らないんです。
にこりと笑うその顔に陰が見えて、紅はイルカの首に抱き付いた。こんな顔させるのはカカシかと、眉を寄せながら。
紅はハイヒールを履いているから、背丈はイルカと同じ位に為る。顔を離しじっと見詰めれば、目の下に僅かにクマがある。それを見られているのに気付くと、イルカは赤くなって目の下を擦った。
「練習時間をとると、睡眠時間が削られるんです。」
ああ、そうか。と紅はまた強くイルカを抱き締める。仕事休みなさいよ。
イルカはかぶりを振って、皆さんのご迷惑に為るから、と目を細めて笑った。カカシと同じ笑い方。
紅は頑固なんだから、とむにっとイルカの頬を引っ張ると、おいでと手を引き上忍用の控室に連れ込んだ。
「皆のお土産が沢山あるの、それぞれが買って来たのよ。」
と示す先には様々な名店の弁当やらお菓子やらが、山と積んである。
立った侭のイルカを促して座らせると、何処に居たかと思う程の人数が集まって来て、それを食べろこれを食べろとイルカに差し出して来る。
えっ、と見回せば皆にこにこと、しかし少しそわそわして何か言いたそうに紅を見るだけだ。
ええー、あたしが言うの、と紅の嫌そうな口ぶりと裏腹にその目はとても嬉しそうだ。
「実はねイルカに、お疲れ様って。それから少し早いけど、誕生日おめでとうって。たまたま皆任務が重なって、お土産に買って来てくれたの。まだ色々あるのよ。」
と卓の上に勢いよく、大きな袋やら風呂敷やらが乗せられた。かなり重量もありそうなそれらは、食べ物だったら腐らせるだろうとイルカには思われた。
暗部の奴らからもあるんだぞ、と言われて何で、と振り向くと窓の外を指さされた。真っ直ぐ先の木には、白いお面とお決まりの装束が枝葉の合間にちらほらと覗いていた。イルカは慌てて立ち上がり、どきどきする胸を押さえながら窓辺へ寄った。ありがとうございます、とゆっくり大きく口を開けて礼を言う。動きは読み取れた筈だ。
ざわっと風が吹いたような気がして、その一瞬で姿が消えたのにへえぇと素直に驚けば、照れてるんでしょうと背中に声が掛かる。あ、カカシ先生。
「すみません、勝手な事を。でも、貴女も知ってる奴らなんです。」
ええっ、と素っ頓狂な声に自分でも驚き口を押さえると、周りの者達に大笑いされる。
何処で? 誰? イルカは頬を押さえてうろたえる。
馬鹿ねえカカシ、余計混乱するでしょう。呆れた紅を、受付でよく見掛ける赤毛の上忍がまあまあと宥める。その男は元暗部で年はカカシよりはいくらか上だが、かつてカカシの下に付いていたのだ。
「あいつらは、密かにイルカの事が気になるようでな。いやまあ、色んな意味で…その、な。」
と赤毛の男はカカシを気にしながら語尾を濁して、それ以上余計な事を言わないように饅頭を頬張った。
だが複雑な顔の面々を尻目に、イルカはまだ誰だろうと頭を捻っていた。解らないって、恐ろしく強いんだな。と誰が言ったのか、うん、とうなづく一同だった。
ふん! とカカシが唸る。嫉妬で拗ねた表情が右目だけからでも伺えて、それは傍目からは面白いものではあった。此処では皆が知っているので、カカシも素直になれる。イルカはやはりよく解ってないようだが。
まあいいかな、とイルカは気を取り直し包みを開け始めた。一つ一つ丁寧に開けてみれば、名産ばかりではなく何処にでもあるような、現地の名前のシールを貼っただけの小物などもある。しかしそれもイルカの為にわざわざ選んでくれたのだと思えば、例え箪笥の肥やしになろうとも嬉しいのである。お決まりのように、海洋生物のイルカ関係の物が多いが。
気遣いが嬉しくて、イルカの目は潤む。目と鼻が赤くなり、泣き出す寸前で押しとどめるが、顔が歪むのは止められない。ほら、とタオルが差し出され、カカシがベストを脱いで背中を見せた。此処で胸に抱き込む訳にはいけないけれど、せめて自分を頼って欲しい。
「すみません、お借りします。」
どっちをだ、と皆心で突っ込みながら見ない振りをする。イルカはタオルで顔を覆いながら、額をカカシの背中に付けて俯いた。
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