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四月 その三
ふう、と息を付いたツグナリは、岩を見上げていた顔をカカシに向けた。
今日訪問出来て、本当に良かったと思います。
また、しばしの沈黙が訪れた。

不意にイルカの気配がして振り向くと、カカシを呼びながら走って来る。少しだけ息を乱して二人の前に立つと、早口に言った。
「カカシ先生、代わりますから行って下さい。」
「イルカ先生、授業はいいんですか。」
はいとうなづいて任務内容を耳打ちすると、イルカは兵糧丸が切れる頃だと思いまして、と袋を渡した。
触れ合った指が、熱い。ほんの一瞬燃えた目は、次の瞬間には消えていた。
震えそうな手を握り締め、イルカがツグナリに申し訳ありませんが、あまりお付き合い出来ません、と謝れば、くくっと笑われた。
むっとした顔のイルカに、ツグナリは口元を押さえた侭笑い続ける。
「だって、二人共、同じなんだもの。」
人の事、考え過ぎ。台詞まで一緒だし。本当、優し過ぎるよ、と腹迄押さえて笑う。
ひとしきり笑った後、ツグナリはイルカに優しい目を向けた。
「写輪眼のカカシさんが、噂があてに為らない事を証明して下さいました。」
何がでしょう、とイルカは聞き返し、首を捻る。
あんなに凄い方とお話し出来て光栄です。ちっとも鼻に掛けないし、僕なんかにも気を配ってくれて、本当に良い方でした。
はい、カカシ先生はご自分を卑下なさいますが、素晴らしい方だと思います。貴女もですよ、いえツグナリ様こそ。
いい人だと、思う。この人は、嫌じゃない。でも、だから余計に駄目。憎めればいいのに。憎めれば、その思いを糧に生きていけるだろう。
でも、この人の優しさは、きっと私を生殺しにする。
イルカの表情が変化した事には、ツグナリは気付かなかった。誰にも判らないように、と隠すのは得意だ。
イルカが口の端だけで笑った。

もし私達の日常がご覧になりたければ、お昼をご一緒に、とイルカはツグナリを食堂に誘った。
色々な人々の集まる食堂は、任務待ちや上がりの上忍から下忍迄、それにアカデミーの職員、事務方などでごった返していた。
先に場所を取ってはいけないんです。でも皆で譲り合うから、待つ事は殆ど無いんですよ。
座れるんですか、とツグナリが不安な声を出したので、大丈夫、とイルカはお盆を持って適当な場所に向かう。二人分お願いします、と言うと途端に並んだ席が空けられた。
ありがとう、と座るイルカに倣いツグナリも頭を下げる。
イルカは天丼、ツグナリはカツ丼を食べる。温かな味噌汁とお新香も付いて、いいなあとツグナリは本当に嬉しそうだった。自分で選べるなんていいですね、と。イルカが、作ってもらうと何も言えませんよね、と返したのは、ツグナリが雇いの者の作った食事には僕の嫌いな物が多くて、と零したからだ。
しかしツグナリは、この里を羨ましいと言ったのだ。何があろうと前向きに生きて、己れの選んだ道を進む。
対して、立ち止まり続ける自分はどうだ。と思い至った時、はっ、とツグナリは気付いた。羨ましいと思うだけでは無く、その先へ進め。結果を恐がっては、成るモノも成らないのだから。死をも受け入れなくては為らない彼等よりは、僕は。
「この先の人生を貴女と歩むなら、それ自体が幸せなんでしょうね。」
ひゅうい、と口笛が鳴る。いよっ、熱いねえ、と声も掛かる。煩いよっ、とイルカが空の小鉢を投げると、かわされて小鉢はその男の箸に引っ掛かった。皿回しでござい、と頭上で回す周囲では拍手が起こる。
次の慰労会ではそれやってくれよ。おう任しとけ、足も使ってやる。イルカが指名して、げらげら笑って、おしまいになった。
ツグナリも大笑いをした。しかし、イルカは彼の言葉が心に掛かる。気付かぬ振りで済ませたが、この人も抱えてるんだ、と国主の次男と云う立場を想像して、愛情に近い同情心をいだく。それを知ったら、カカシが嫉妬する事は間違いないだろうが。
楽しかったです、どうもありがとう、と握手をしてツグナリは宵闇の中を、お付きの一団に囲まれ里の門を潜って帰路に着いた。
見送る忍びの中から溜め息と欠伸が漏れたのを、火影は済まなかったなと労って、解散と為った。
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