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四月 その二
じゃあね、と紅とアスマは黄昏の中を消えて行く。行き先は聞くなと、背中が言っているようで、イルカは無言で頭を下げて見送った。カカシは傍らで頭を掻いている。どうしろっていうんだ。
「さてと、オレ達も帰りますか。」
はいとうなづいて、イルカはカカシの左斜め後ろを歩く。そっとカカシの左手が差し出され、イルカは右手をその掌に重ねた。
カカシは左目を隠している為、左に人が来るのを嫌う。しかし、イルカにだけはそれを許し、いつしかカカシの左はイルカの居場所と為ったのだ。他の誰も居てはいけない。仲間さえも、左に立とうとすれば必ず間を空けて。クナイを握り。
けれど今は、クナイの代わりにイルカの手を握る。

歓迎は、ごく簡素に行われた。火影の執務室に出来る限りの上忍と特別上忍が集められ、イルカの婿はその中でにこにこと、満足そうに座っている。遅れて入ったイルカは中の人数に圧倒され、扉の付近でたたらを踏んだ。
「授業が終わりませんでしたので。」
言い訳が口をつく。深いお辞儀の後、顔を上げれば若い男がこちらを見ていた。ああ、この人なんだ。好感は持てそうな笑顔をしてるな。
火影に促され、イルカがその男の側へと歩いているとちりり、とチャクラを感じた。
え? と振り向けば、カカシがイルカを見詰めていた。その目には苛立ちの炎が灯る。目が合わせられなくて、イルカは不必要に大きな振りで横を向いた。しまった、気付かれたかもしれない。並ぶ忍び達にはとうに知れているが、この人には知られてはならない。カカシ先生の為に。

男の正面に立ちイルカが名を告げると、男は手を差し延べ、握手を求めて来た。
「笑い話のようですが、次男なのでツグナリと申します。宜しくお願いします。」
ごく普通の対応に、拍子抜けした。政略結婚だから、もっと大きな態度で来ると構えていたのだ。
「父が貴女を気に入りましてね。」
何処で、と思わず聞き返してしまった。色々な所に火影の補佐で付いて回っていたから、何度も見る内に気に入ったのだと言う。
はあ、とイルカは気の無い返事をしながら思い返したが、自分が何をしたかなんて覚えていない。しかし、火影はイルカをベタ褒めして、どれだけの人材なのかを強調する。
あからさま過ぎる。と控える忍び達は思うが、国交の為なのだから仕方ない。この男が帰国して、木の葉の里は酷い対応だった、と言えばすぐさま貿易は打ち切られるのだ。
カカシも我慢して立ち続ける。イルカを此処から掠ってしまいたい。その笑顔が、他の男に向くのが許せない。いっその事イルカを殺して自分も、と思い至った時、忍び達の意識が自分に向いているのを感じた。
―まずい。
部屋の中の、唯一の一般人であるその男は気付かないだろうが、オレの殺気は冷たく漂っている。イルカが悲しそうにオレを見る。オレの気持ちを読まないでくれ。
「では、行きましょうか。」
ツグナリの朗らかな声に、はっと忍び達が意識を戻した。里の中を見て回りたいと云うのだ。護衛を付けましょう、と火影が指名しようとするのを止め、ツグナリはカカシにご一緒に、と言ってさっさと歩き出した。
ツグナリは小気味よい程の速度で歩く。その後を追って、カカシはいつもより少し大股に為る。
何処へ行こうと云うのか。とぼんやりしていると、火影岩の見える校庭の端で、ツグナリは立ち止まった。
「いい所ですね、この里は。」
「ええ、我々の故郷です。必ず帰りたいと、任務に出る度に思います。」
そうでしょうね、うみのさんを見てると解りますよ。微笑むツグナリに、何が言いたいんだ、とカカシは眉を寄せた。
ツグナリは岩を見上げて、聞いて欲しいだけです、と呟くように言う。
沈黙の合間に、鳥の高い鳴き声がぴいぃ、と聞こえた。
申し訳ありませんが、あまりお付き合いできません、任務が入りましたので。とカカシは詫びた。
「僕は、生まれた時から父に逆らった事がありません、ええ今でも。それが当たり前だと、仕方の無い事だと思っていましたから。でもこの里では、皆さんがご自分の意思で、里に縛られる事を選んでらっしゃるようだ。」
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