29

三月 その二
帰り道、サクラは地面を見ながら歩く。あたしがサスケ君を好きなのを、イルカ先生は頑張れと応援してくれる。例え片思いでも気持ちが大切なんだって、大人になる為に必要だからって、抱き締めてくれる。
だから、今度はあたしがイルカ先生に頑張ってと後押ししてあげたい。もしかしたら、カカシ先生を諦めるんじゃないかと思うのは、あたしの女の勘だけど。

後片付けをして寛ぐ二人も世間話しか出来なくて、肝心な事には触れずにさよならと笑って。
後悔は後からするもので。

翌日の夕方、ナルト達は紅とアスマを探して上忍待機所へと向かった。部屋の中から話し声が聞こえ、聞こえるかどうかのぎりぎりの所で立ち止まり、自分達に出来る限り気配を消して中を伺う。
「んで、さよならってか。何で押し倒しちまわなかったんだ。」
「馬鹿アスマ、そんな事したらカカシ捕まるのよ。」
「何でだ、イルカもカカシが好きなんだろうが。」
意味が違うのよ。と紅の溜息が大きく響く。
「巫女頭のイルカは、今年の大祭で神降ろしの舞いを舞わなきゃいけないの。」
「うん、聞いてる。」
「あの娘ね、選ばれてたのよ。生まれた時から。」
へ、と男二人は間抜けな声を出した。よく解らないよ。
正確には舞姫の候補として。それは神の嫁と云う意味で、神話になぞらえているのだと紅は説明する。舞いの年から計算して、ある年度に生まれた女の子から候補を選出する。幼い頃から巫女として手伝わせて見極めるが、やはり自然に振るい落とされるものなのだ。
処女でなくなった時点でまず落ちる。巫女など嫌だと去る。そうして今年、残ったのはイルカだけで。
いえね、もし他に候補が残っていたとしても、あの娘以外には出来ないのよね。
何で? あたしが逃げ出したいと思う位辛いみたいだから。上忍昇格試験の方がましよ。げえぇ。
「だからね、これは国の行事なの。あんた、舞姫ヤッちゃったらいくらカカシでも地下牢よ。」
うっそーん。とおどけてみせたカカシだが、知らなかったと動揺していた。イルカは何故話してくれなかったのか。
そんな事話して何になるの。イルカが自慢する訳無いでしょ。てか、凄い事だとは思わないからね、あの娘。
「あ、そうそう。結婚するのにかなり有利になるのよ、箔が付いて。お偉いさんから嫁にって引きが来るわよ。」
あんたも早く名乗りを上げたら、と紅は笑った。
写輪眼のカカシなら釣り合うんじゃないかとアスマも言うが、カカシには自信が無い。

こども達は自分達に出来る事は無いと判り、黙って立ち去った。大人って大変なんだな。イルカ先生可哀相。カカシも可哀相だな。とそれぞれ思いながら。

ふらふらと自宅に戻ったカカシだが、紅の言葉が頭を離れない。巫女、神の嫁、選ばれた、結婚、オレはどうしたらいい。
浴びるように酒を飲み、酔いも回った所で外に出る。月がカカシを嘲笑うかのように、丸い。自然に足は花街へ向かったが、通りの朱い燈籠が見えて足は止まる。
いつかの晩のイルカが思い出された。此処で会った時のあの黒く澄んだ目。汚いと、そんなカカシは自分に釣り合わないと言うようだった、ならばもういいかと酔ったカカシはまた自棄になり、通りを進み適当な娼館に入ろうとした。どうせオレはこんな男だ、イルカに釣り合う筈が無い。
金は持って来たかと胸元のポケットに手を入れると、何かが触れる。これは、昨日の。
掌にころんと親指大の箱が転がった。要らなかったら捨てて下さい、と帰りがけにイルカから渡されたのを、忘れていた。
開けてみれば小さな小さな一対の、木彫りに着色されたお雛様があった。男雛は白い髪で青と赤の目をしている。赤い左目には縦に細い線が走り、オレだ、とカカシは驚いた。女雛は黒く長い髪に黒い瞳で、一般的な顔に描かれていて鼻に傷も入っていないがカカシには判る。イルカだ、と独り言の声が震えた。
一瞬の後、カカシは道端でイルカの部屋の窓を見詰めていた。しかし、明かりは点いていない。
そういえば、禊ぎに行くって言ってたっけ。紅の言った通り、辛くても愚痴も零さず頑張るんだろう。大変だね、と言えばきっと上忍の方々の方が大変ですよ、と返す筈だ。
握り締めたお雛様が、伝えられないイルカの言葉を伝えてくれる、私も貴方が好きですと。
確信を持ったカカシは、だが本大祭が終わっても決して言えないのだと、愛してるという言葉を大事に胸にしまう。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。