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三月 その一
鴬の声が聞こえる。まだ幼い。けきょ、ほー、ほけ、ほけ、ほけきょっ。
頑張れ、とイルカは苦笑しつつも応援する。明日にはもっと上手くなってるだろう。そっと窓を閉めて、カカシを振り返る。
「雛鳥でさえあれだけ頑張ってるんだと思うと、勇気が出ます。」
「何の為の?」
微笑むカカシに目を細めて、イルカは首を軽く傾げる。私にも色々とあるんですよ。
本当は貴方に、と思い出される先月のバレンタインデー。何となくカカシは特別だと思ったから、チョコケーキを一ホール丸々あげた。寝ぼけたカカシに口付けられ、自分の気持ちがカカシに傾いている事に気付いたのだ。
多分、これは恋だと言っていいだろう。カカシ先生を、男として好きだ。けれど。私には巫女としての務めがあって、今年の夏の大祭で舞わなければならない。それで務めは終わりにはなるから、恋も結婚も出来るけれど、この想いは、きっと一生しまったままになるだろう。
「お雛様がそんなに珍しいですか?」
確かに忍びで五人囃子までの段飾りを持っている者は、あまりいないだろう。
「うん、綺麗だね。こんなに近くでは初めて見たよ。」
ましてや触れるなんて思ってもいなかったから。本当に嬉しそうに言うカカシは、季節の行事に全く疎い。バレンタインデーの事も知らなかったし、雛祭りも知らなかったし、多分ホワイトデーも…まあこちらはまだ新しい方だからいいけど。とイルカはお雛様をひっくり返して迄眺めるカカシに、こどものようだと温かな目を向ける。
あ、来た。慌てて人形を段に戻したカカシに、すみませんが出迎えてやって下さいと声をかけると、いそいそと大きな体を揺らしながら玄関の戸を開けに歩いて行く。
「うおぉ、カカシ先生、何でいるんだよ。」
ナルトの言葉に、後ろから顔を出したイルカがこら、と睨んだ。
「誘うのは当たり前でしょ、お前達がお世話になってるんだから。ご挨拶は?」
はあいと、素直にお辞儀をして三人のこども達はアパートに入る。サクラは家でお祝いをするけれど、ナルトとサスケは男の子だから関係ないし誰の家にも呼んでもらえないから、せめてとイルカは彼等を呼んでみたのだ。カカシを誘うのは勇気がいった。馬鹿らしいと笑われるかもしれない。けれどカカシはけろりとして、何ですかそれ、と聞き返して来た。イルカの説明に、だから店頭に沢山飾ってあるんですね、また一つ解りましたとうなづいたのだ。
段飾りの前に座り込んだ三人は、今年もイルカのお雛様を見られたと喜ぶ。
「小さいけど良い物なのよねぇ。流石だわ。」
とサクラが感心するのを、カカシは不思議そうに聞く。
「何か違いとかあるの?」
そんな事も知らないの、とサクラは逆に聞き返し丁寧に説明してやった。この名匠の物は細かい所まで作り込んであるんです。凄く高くて作る数も少なくて、手に入りにくいんですよ。
あ、綺麗だと思ったらやっぱり良い物なんだ。へえ、とカカシはもう一度人形の顔を覗き込んだ。
「イルカ先生みたいに綺麗。」
途端に真っ赤になって、イルカは顔を隠して立ち上がる。そんな事はありません、と慌てて食事の支度を始めて食器を落としたりと、動揺するのをサクラは見逃さなかった。こっそりカカシに耳打ちする。どこまでいってるんですか。
お茶に噎せた。ば、馬鹿。うろたえるカカシをこどもらは笑う。
あーあ、進展なしかよ。と呟くサスケは、写輪眼のカカシがだらしねーの、と片頬で笑う。早く告白すりゃいいのになあ、とナルトまで言うのには カカシもがっくりと肩を落とした。
「お前ら、」
何の話ですか、とイルカが散らし寿司やらを運びながらにこにこと聞いて来て、カカシの顔も赤くなる。こども達はそれ以上は触れず、そしてうやむやのまま話は終わる。
さよならと手を振り、イルカは玄関で三人を見送る。その隣でカカシはいつものように、眠そうに猫背で突っ立っている。こども達は、その自然なたたずまいが嬉しかった。
「このままくっついちゃえばいいのにな。」
俯き石を蹴りながら、ナルトは誰にともなく言う。
「ああ、そうだな。」
「あの二人、どうしたらいいのか判らないんでしょ。」
「でもさ、俺らだってどうしたらいいか判んないってばよ。」
じゃあ、紅先生やアスマ先生に相談してみようか、と三人は別れた。
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