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二月 その六
居間に戻ると座卓の上には料理が並んでいた。温める物は台所にあるからとのメモは、イルカそのもののように優しい。真ん中の大きな白い箱は何だろう、と開けてみるとケーキだ。買って来たのかと思ったが、イルカが先日生徒相手のチョコ教室を開いていると、手紙に書いて来たのを思い出したのだった。

翌日イルカは出勤だったが、早出をする必要が無かったのは『お泊り』を想定された為だ。

今日もいい天気、とイルカは窓枠に布団を干した。昼過ぎに取り込んでから出勤。午後の予定を考えたらどきっと胸が弾む。
受付でカカシ先生に会ったら、ううん、暫くはお休みの筈。でも何処で会うか判らないから、もしも―。

窓の外の景色を見ていたら、静かに玄関のドアを叩く音がした。何かの勧誘かと、どちら様ですかと声を掛ける。人の気配が感じられず、後ろ手にクナイを隠してドアを開けると。
視界を塞ぐ影は、逆光で顔を隠すように立っている。気配は無かったのに、と後ずさると影がぺこりと頭を下げた。
「おはようございます。」
声で理解する。
「…おはようございます、カカシ先生。」
一瞬の躊躇いをどう取ったか、カカシはもしや邪魔をしたかと慌てて引き返す。イルカは裸足で飛び出し、カカシの腕を抱えるようにして引き止めた。
「待って、誰もいませんから。」
しまった。会いたくない筈なのに、引き止めてしまった。
イルカの手が離れる。悟られないようにしかし目を泳がせた侭、明るい声を出してカカシに問う。どうしたんですか。
昨日はごめんなさい。と頭を掻きながら、カカシは続ける言葉を躊躇する。イルカは来たかと構えて、返す言葉を用意した。
大丈夫、私は別に気にしてません。カカシ先生、気が高ぶってらしたんですね。
「お風呂を出てから、記憶が曖昧で。眠くてイルカ先生にもたれ掛かったのは覚えているんですが、夜まで寝てたみたいです…。」
申し訳ありません、と頭を下げるカカシに何だよ!―と少し腹がたったものの、気が削がれてイルカは肩の力を抜いた。
帰ってしまって、私こそすみませんでした。とイルカも頭を下げる。そのままの姿勢で、良かった、忘れたままでいてくれと、息を吐いた。

用は終わった筈のカカシが立ち去らず、何か、とイルカもつっ立ったままでいると、カカシが遠慮がちに手を伸ばして髪に触れた。
「髪を下ろした姿を、初めて見ました。着物の時の簪を挿したのも綺麗でしたが、今日の方が俺は好きです。」
言いながら、カカシの顔が染まっていく。言われたイルカの顔も染まっていく。カカシの遅い初恋は、いじましい程純情だ。イルカも巫女としての立場から、片思いはあったがそれだけだ。
だからこの時も、二人は先へ進む方法が見付からずに終わったバレンタインデーで。
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