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二月 その三
高学年の子達が参加するしあさってからの三日間は、任務実習という擬似任務と同じ位の緊張感に包まれる。
お前ら何しに来てんだよ、と思う程授業より集中するのはなにより恋の為、なのだ。
思春期の少女達が本当の恋をしていないとは思わないから、イルカも対等の扱いをする。時には自分より大人なのでは、と思える子もいて、恋を知らない自分に落ち込んだりするのだが。

顔を上げて窓の外を見ると、星が幾つか瞬いている。さて、カカシ先生の家に行かなきゃね、と立ち上がり急いで帰る支度をする。戸締まりをして職員室へ荷物を取りに寄り、校庭を小走りに横切ろうとすると、前方に元締めとあだ名のついた同僚の姿が見えた。
「スギオ、私の分の授業悪かったね。お礼は勿論期待してていいよ、今年は特別に考えてるから。」
イルカに恋心を抱きながらもカカシの為に潔く身を引いた、スギオというその男は朗らかに笑った。
ああもう大丈夫だ。こうして不意に声を掛けられても動揺する事もない。
「特別だなんてどきっとするじゃないか、どうせ義理だけどな。なあ、本当の特別ってはたけ上忍の事なんだろ?」
思いがけない言葉にイルカは目を丸くする。
「あ、うん、いや、あの人にはお世話になってるし。いつも気を使ってもらって―。」
言い訳がましい言葉が口をついて、イルカはどきどきする自分にうろたえた。顔が赤くなるのが解って、尚更慌てる。
イルカの反応に、スギオは笑いを押さえるのが困難だ。自覚するまでもう少しかな。と、そわそわと落ち着かないイルカに、追い打ちを掛ける。
「はたけ上忍な、帰還は十四日に決まったとさ。大丈夫、何があっても必ずその日には帰って来るから、心配するなよ。」
返事を待たずに走り去るその背中に、イルカはぼそりと呟くと夕焼けを見る。
「…そりゃ心配、だけどさ。」
やだ、何でカカシ先生の事を言われただけでどきどきするんだろう。

カカシの家に向かい、いつものように玄関の鍵を取り出してふと手が止まった。私、何故この家の鍵を持ってるの。
ぼうっとそれを見ていると後ろから声を掛けられ、イルカは慌てた。
「あら、はたけさんの。お留守を見ていただいて助かりますよ。まあよく見るとやっぱりお似合いねえ。」
振り向くと隣家の人なのか、にこやかな中年の女性がイルカを探るように見ている。一般人の気配も判らなかった自分のダメっぷりと掛けられた言葉に固まって、お辞儀をするのが精一杯だった。
女性はイルカに構わず話し続ける。カカシは長期の留守の時だけは言い置いて行く事。しかし郵便物が溢れたり、夏でも家中閉め切りになる事など、心配してたのよねぇと厭味ではなく言われて、イルカは更に恐縮する。
「でも良かったわ、いい人が出来てこうしてお世話してもらって。私達もはたけさんが上忍だって存じてますから、お嫁さんの事とか色々心配はしていたんですよ。じゃあまた、今度ゆっくりとね。」
言うだけ言って気の済んだらしい女性は、買い物へと立ち去った。
失礼します、とだけ言えたイルカは急いで玄関を開け、あがりかまちにぺたりと座り込んだ。
何、何がどうしたって。思考は散乱し、胸の鼓動が治まらない。落ち着いて、落ち着いて。
胸に手を当て、ふうとひと息ついてイルカは奥へと歩き出す。しかし先程の女性の言葉が思い出され、そこかしこに見えるカカシの生活の跡に、また胸は大きく鳴り出した。
放りっぱなしだった衣類は洗濯し、畳んで置いた。広げた時に、大きいなあと改めてカカシの体格を認識した。自分も大きいとは思っていたが、やはり男性なのだと何気なくシャツを自分に当ててみて、肩幅や胸回りに驚いたのだ。
食器棚の茶碗。イルカを食事に呼べと忍犬達に請われたと、カカシが済まなそうに頼むのをむしろ喜んだ。まさか八匹の犬達を連れて店に食べにはいけないから、と言うのには笑ってしまったが。
何で気に入られたのかは判らないが、イルカも人目を気にせずじゃれあう事が出来ると、その申し出に、はいと即答したのである。勿論お邪魔するからには食事の支度はしなければと、犬も食べられる惣菜を研究した。
そしてカカシはイルカの為に、茶碗や湯飲みなど一式を買って来た。自分で選んだと云うそれは、桜の絵柄で薄いピンク色をしていた。
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