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一月 その四
「済みません、ご迷惑をお掛けして。」
と言いながらも痛みに耐えかねて、更にカカシに縋るイルカの顔はちょうど肩口に乗せられた形になっていた。少しでも動けば、口付ける事も出来よう。
白粉の甘い香りにやべえ、と声にならない呟きを漏らしカカシはそっぽを向いた。
「鍵を貸して。とにかく中に入りましょう。」
とカカシが手を出すと、鈴の付いたキーホルダーが乗せられた。
イルカの部屋の鍵とカカシの家の鍵とが仲良く寄り添っているのが嬉しくて、カカシはふっと微笑んで目を細めた。そしてその鍵でドアを開けると、イルカを抱き締めた侭軽く持ち上げて玄関を潜る。
イルカのうなじが目の前にある。気付かれないようにカカシは白い首に唇を寄せた。この位は許して欲しいと、狼どころか鬼になりそうな自分を押さえ付けるのは辛かったのだ。
「イルカ先生は明日、仕事ですか。」
と居間というより茶の間といった方が相応しい畳の上の座布団にイルカを下ろしながらカカシは問う。
は、と顔を上げるとその顔は間近にあり、目が合ってしまっては外す事の方が不審であろう。
「はい、受付の方に。」
と見詰めるカカシの青い光彩に引き込まれるような感覚に、イルカは張り詰めていた気が緩み体の力も抜けた。まずい、と思った時には目の前が真っ暗になっていた。
そしてイルカが気付くと横になった自分に覆い被さるカカシの困ったような顔が見え、いつか何処かであったような記憶に、眉根を寄せた。
痛いんですか、辛いんですか、と慌てるカカシにイルカは、私はこの人に心配ばかり掛けてるなあ、とふっと笑い手を伸ばした。握り締めた手に一瞬力が籠もるが、不意に全身が弛緩しそれにカカシは更に慌てる。
イルカ先生、と息がかかる程の距離で呼ばれてもイルカは薄目を開けて微笑むだけで、
「ごめんなさ、い。疲れが、出たみたいで。」
と聞けば晦日から昨日まで四日間、あの神社で巫女として寝泊まりしながら働いていたのだという。
今やイルカは神官の次に重要な位にいるのだと知って、カカシは体が心配だと責めるような目を向けた。
大丈夫だと体を起こし腫れた足首を摩りながら、後で医療忍の友人に診てもらいますから、とイルカはカカシの為に笑う。

で、明日がどうしましたか、と顔を覗き込まれるように問われて、カカシはああそれは、と頭を掻いた。
―暫く外へ出ます。
何故、何処へ、と聞いてはいけないのだと知っている。けれど聞かずにいられない。
「こども達が貴女の元へ色々聞きに行くかと思いますが、知らないと言っておいて下さい。」
と前置きしてずっと言えなかったんですが、とカカシの視線が下がる。
お聞き及びのように、今揉めている国をおさめに行くので。
イルカも聞いていたその話は、上手くいってひと月は掛かるものだった。
また、留守をお願いします。そう言うとカカシはイルカの唇を掠め取り、消えた。

いってらっしゃいも言えなかった。この前だっていきなり言うだけ言って、私の返事も聞かないで。と、イルカはそこでやっと気付く。
今、カカシ先生は、私に何をしていった。
自分の唇に触れ、残る柔らかな感触に、イルカは浮かぶ考えを否定しながら赤くなる顔を玄関に向けて、茫然としていたのだった。
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