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一月 その三
大人ってめんどくさいよな、とナルトにすら言わせるのはどうかと溜息を漏らすこどもらは、焦れて上忍達をお茶屋に誘う。
裏から降りる道は知ってるだろう、と手を振り言い残して二人を置いて行く。あっという間に誰もいなくなった。
裏に道があったんですか、とイルカに聞かれカカシは関係者用の細い階段ですけど、と答えた。ほら、夏の大祭で警備をしたからその時に。
ああ、ここの夏祭りですか、とイルカが思い出してふわりと笑った。
「去年は前年祭でしたから、警備も大変だったと聞いています。今年は本大祭でもっと大騒ぎになりますよ。里にいる忍びは全員任務にあたるんですって。」
本大祭と前年祭、後年祭の三年を合わせて大祭と呼んでいる事、今年は五十年に一度のその大祭で三日間昼夜を通して神事が行われる事など、よく知ってますねとカカシが問えば、イルカは毎年巫女として参加していますと人差し指を口に当てる。
小さい頃からなので、公然の秘密になっちゃいましたけど。
この神社で巫女を務める者は限られていると聞いていた。結婚するまでの娘、そしてその意味は処女。
カカシはイルカを見たまま顔が赤くなるのを感じた。多分同じ理由で、イルカの顔も赤く染まる。
話題を変えようとしたが見付からず、カカシは慌てて立ち上がるとイルカに背を向けてしゃがみ込んだ。
送りますからと言われても、イルカはどうしたらいいか判らず困ったままで、動かない気配に振り向いたカカシがその姿では無理でしたねと自分のうなじに手を遣り、二度後頭部を上へ掻き上げた。
まただ、とこども達を観察する癖は普段でも出てしまい、今の仕草は口下手なカカシが言葉を探す時のものだと気付いたのは最近。無愛想で冷たいという噂はそこから来ているのだと解ってからは、何も言わないカカシを見る目が変わったと、イルカは思う。誤解されてもそれを解こうとしないのは何故だろうと思いながら、ゆっくり歩きますからとイルカは笑った。
しかしカカシは、オレの気が済まないからと少し強く言い放つと先程のようにイルカを抱き上げ、今度は人目も憚らずしっかりと胸に寄せた。
家まで一気に走るから、途中道を聞いたら教えて下さいと、言った途端に走り出す。もう帰るだけなら着崩れなど気にする必要もないと、裾を翻し上忍の力を最大限駆使してカカシは走った。
押し付けられた胸からカカシの心臓の鼓動が聞こえる。とイルカは目を閉じてその音を聞き、落ち着くなぁと微笑んで思わず頬を擦り寄せた。走りながらもそれを感じ取ったカカシは息を飲む。鼓動は速まり、どんなに言い聞かせても治まらないままイルカのアパートに着いた。

ありがとうございます、と腕からするりと抜け出すイルカを離せずに囲い込んだカカシは、自分の行動に慌てた。いやその、と言葉に詰まるのをイルカは黙って待つ。
あのですね、もう一度お礼を言いたくて、とカカシはたった今作った理由を言う。
林檎のお礼を、と言われてイルカも思い出したのは焼き林檎の事だった。
先月沢山の林檎をカカシから貰ったのでそのお礼に林檎を使ったお菓子を作るからと言うと、以前食べて美味しかったからと、焼き林檎をねだられた。カカシは甘いものはあまり好まないが、バターとシナモンだけで作るそれは美味しかったから、と言ったのだ。
どなたかに頼めば、と言うイルカに、皆作ってはくれるんですが全然美味しくなかったんです、とうなだれてカカシは溜息をついた。やっぱりカカシ先生はもてるんですね、と笑ってはみるがイルカの胸はちくりと痛んで、訳の解らない苛立ちが襲う。私なんかのじゃもっとお口に合わないですよと、つっけんどんになってしまうのは何故なんだろう。
それでも自分に頼んでくれたのは嬉しくて、是非にと請われるままにカカシの家で作ってみたのだ。
出来上がりをそわそわと待つカカシと、イルカが居るだけで嬉しい忍犬達。
一口食べてこの味ですと目を輝かせて破顔するカカシに、イルカは自分だけが知る笑顔だと満足するが、醜い感情だと眉を潜め心に蓋をした。

その時の事を思い出して、イルカはまた心が乱れた。悟られないようにと必死になるが、それは無理だった。顔を赤くしカカシの腕から逃げ出そうとして、イルカは腫れ上がる足に力を籠めてしまった。
「あ、痛っ。」
崩れ落ちそうになる体を掬い上げ抱き締めると、イルカもカカシの胸に縋り付いた。
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