6


目が覚めた。二人同時に。
見つめ合う。カカシはお早うとイルカの唇に挨拶し、答えるようにイルカもお早うとくちづけを返す。
ごく自然な、恋人同士か新婚夫婦かという二人の朝の風景。
しかしイルカは、これもまだ夢の中だと思っている。ありえない事だ、熱のせいでまた夢を見ているのだと。
「愛してます、イルカ先生。」
寝起きで掠れた低いカカシの声は、優しくイルカの耳元で響く。
「アタシもです、カカシ先生しか見えません。」
夢の中と思っているからなのか、イルカは素直に本心を吐いた。
自分でも理解しきれない感情がずっと奥底にあるのは感じていた。カカシを見て喜び、話し掛けられて喜び、そして自分だけを見て欲しいと思ってしまうこと。
仲良さそうに話す自分の知らない女性とカカシを見た時には胸が詰まり、唇を噛み気配を殺して見つからないように立ち去るのだった。
そんな自分の感情に説明がつけられないイルカは、下を向き一歩一歩無理矢理足を動かしていく。早く此処から離れたい。でもあの人を見ていたい。何を話しているのだろう。焦燥感。
ふ、と乾いた笑いが口から漏れた。
アタシ、何やってんだろう。何したいんだろう―。
すぐさまカカシがイルカに気づいて、追いかけて来た。しかしイルカは赤い目をしてカカシの顔を見ようとしなかったから、カカシは訝しがり誰かに何かされたのかと、まるで見当違いの事を聞いてきたのだ(実際カカシに纏わり付く女達に、小さなさりげない意地悪はされていたが)。黙って下を向いたままただ首を横に振り、何でもないとカカシから離れようとする。カカシは慌ててイルカの腕を掴むと引き寄せ、その頭を胸に押し付けた。そんな一連の行動は、イルカを混乱させるのには充分だった。
あの結婚式以来、カカシはイルカに構い続ける。
―貴女は、そうやってすぐ自分の中に感情を押し込めるから。どんなに哀しくて辛いか、オレには解ってしまうんですよ。ねえ、今だってオレを無視したでしょ? 何故ですか?
カカシの声が胸から震動として伝わってきて、イルカはまたじわりと涙が滲むのを感じた。
そんなに優しくしないで下さい。アタシこれ以上カカシ先生に縋り付く訳にはいかないんです。この胸から離れられなくなっちゃうの、判っているから。
イルカの呟きは小さすぎてカカシの耳には届かなかったが、唇の動きは胸を伝わりカカシに返った。
え、何ですか。
と屈んでイルカを覗き込んだカカシ。端からは昼日なか受付所前の廊下の片隅でデレデレイチャパラ真っ最中に見えてもいたのだが、誰が泣かしたと背中から殺気を放ち、更に武器を片手に近寄るなと行動でも示しては、上忍仲間でさえ素通りしていったのだ。
或いはカカシと女性達の笑い声に胸をえぐられ、幸か不幸かカカシに気づかれる事なく家にたどり着いたイルカが、一睡もできず目の下に二頭のクマを飼い出勤した時には、カカシは上忍師任務を半日放棄する勢いでイルカにへばり付いていたのだ。
ひそかにアナタのせいだってのにと思ったりもしたが、それも帳消しになってしまう程イルカは嬉しかった。
なんだかんだといっても結局カカシにはイルカしか見えてない、という事実に気づかないのは、当のイルカだけであった。
恋と知らず、ただ独りぼっちの自分がこども達との繋がりと云うだけで優しいカカシに甘えていると。幼なじみ達と同じだと思っていたのに、友情とは違う何か。相談された友人達に出来るのはただ話を聞く事だった。聡くて疎いイルカがその感情を自分で理解するまで、俺達には見守るしか出来ねーよなぁと、受付でも職員室でも繰り返された期間はなんと半年以上である。
人見知りをする癖に寂しがりやなイルカは、人の輪の中に入っても必ず距離をとった。形は親しくとも、自分の中へ入り込む事は決して許さなかった。それなのに、カカシには許してしまう事があると気づいたのも、イルカ自身ではなく友人達だった。
そうして、二人は自然に近づいていったのだ。
だが酒席でそれこそ驚愕したのは、酔ったイルカが男に後ろを取られても武器を投げなかった事である。(任務中、殺されかけた男達は下忍から上忍まで、しかも爆破されそうになったり、刺された奴もいる。)
カカシに背を預け、脚の間に座ってる
もういいだろう? イルカ、自覚しなよ。
と保護者達はカカシにイルカを差し出した。
もー好きにして下さい、嫁でも婿でも思う通りに。
駆け落ちなんてのもいいですよー。
里抜けだけは会えなくなるからやめてくださいね。
式場パンフも用意しときます。
カカシがイルカを掠った後、口々に叫んだ仲間達はこれでひと安心と、朝まで飲んで吐いてと笑い泣きしながら繰り返していた。
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