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十二月 その七
「任務の後で少しお話ししたいのですが、如何でしょうか。」
と丁寧に、敬うように、しかしその口調には否と言わせないものがある。
クリスマス会の事ではないだろうと見当は付いた。だが、わざわざ此処に座ってオレを待つなど何事だ、とカカシには理由が思い付かない。
まあいいや、とにかく話は聞いてやらなければ、とカカシがうなづくと、男は火影岩の下でお待ちしております、と場所を指定した。
授業の後、私には予定がありませんので、時間は気にせずに。と渡された任務依頼はいつも通りの簡単なものだから、早目に終わるように心掛けますと一礼をして出ていくカカシに、元締めは詰めていた息を吐く。
上忍が俺なんかにも礼儀正しいってのもなぁ。イルカの言う通りいい人、なんだろうな。と既に気弱になっている。
もう一度息を吐き、肩を落とすと男は授業に入る為、席を立って職員室に向かった。

カカシは約束通りに早目に任務を終わらせて、火影岩へと向かった。
岩の下はアカデミーの運動場ともなる広場だが、今は誰もいない。いや一人、元締めがその決意を表すように、真ん中にじっと立っていた。

カカシは、お待たせしました、と頭を下げながら近付いた。
元締めの正面に少し距離を取り、猫背を気にして姿勢を正す。
「私の勝手にお付き合い頂き、感謝致します。いきなりですが、はたけ上忍。貴方はイルカが好きですか。」
確かにいきなりだった。
カカシは言われた内容に驚愕し、晒されている片目をみはった。
「好きですよ。」
一瞬ののち、その片目を細めイルカを思い浮かべたかのように、優しい笑顔になった。
ああこの人がこんな顔をするんだ、イルカの為に。
元締めと呼ばれる男は、過去に何度かカカシの下に付き、戦った事を思い出した。あまりにも鋭く繊細な精神を持ちながら、血まみれになり先頭に立って指揮を取る、この上忍がいつか壊れてしまうだろうと、心配したのは自分だけではない。
いつからか、気付けば気配が柔らかくなった。誰かいい人が出来たのかな、と皆が噂するのをそうだったらいいのに、と自分も応援していたのだ。
それがイルカだったと判ったのは、つい最近。
ずっと、この人は自分の想いを閉じ込めた侭、どれだけイルカだけを見ていたんだろうな。いつ死ぬかも判らないってのに、俺だったら黙ってらんないよな。
そうか、はたけ上忍はイルカが好きなのは自分だってまだ解ってないんだ、はたからは丸解りなのに。
駄目じゃん。
「え。」
とカカシが聞き返して来た。どうも最後の言葉は、口に出していたらしい。
にやりと元締めは笑い、教えてあげません、とせめて最後に意地悪してもいいよな、と自分に許しを請うた。
「イルカの肉じゃが伝説というのがありましてね。」
「ああ、一度ご馳走になりました。」
美味しかったです。とカカシは思い出して空を見る。
食べたのか、やっぱり。
男は地面を見ながら続ける。
「亡くなったお母さんから教わった唯一の料理、だそうです。」
カカシの目が男に戻る。
愛する人に食べさせてあげなさい、とひとつずつ教えてくれる筈が、あんな事になったので。
そして両親は亡くなったのだ、と言葉の向こう側が聞こえた。
「俺達アカデミーの同僚も、受付の仲間も、どんなにねだっても肉じゃがだけは食べさせてもらった事がありません。」
男は、お心を聞かせて頂いてありがとうございます、と深々と礼をしてくるりと向きを変えた。潔く大股に歩いて、カカシの前から消えていく。
それを黙って見送りながら、カカシは男の言葉を思い出す。
知らなかった、聞いた事がなかった、そんな話。やっぱり知らない事が多すぎる。
ほう、と長い溜息を付いた侭暫くカカシは火影岩を見上げて、いきなり気付く。オレ、肉じゃが食べたんだ。
途端に顔が熱くなって、誰もいないのにカカシは隠すように俯いて一瞬に姿を消した。
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