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十二月 その六
「悪い、遅くなった。」
走って居酒屋に着いたイルカは、それだけ言って席に座る。元締めは不機嫌な顔を隠さないので、今日は酒二本追加で奢るよ、とイルカは笑い顔で注文しようと手を上げた。
「いいから、それより何してた。」
いつもより声が硬い事に気付き、顔を見ると男は笑っていない。やはり何故か、本当の事は言えない。
お前がさっき火影様の用だと私を呼び出したからカカシ先生のお土産の林檎を貰い損ねて、それを受け取ってきただけだ、と答えた。
イルカは場の雰囲気を盛り上げようとこれも食べたい、これは美味しいんだとはしゃいでみる。
しかし男は乗って来ない。仕方無しにイルカは言い訳を繕う。今日中に受け取らないと、カカシ先生はまた外へ出るから困る事になったんだよ、それに私だって準備があるから、出し物で何か用意するならと思って。
信じてはいないようだったが、男もいつまでも引き擦るのは嫌だったか、大人しくなった。
で、決まったのか、と聞いてじゃあ取り敢えず報告してくれと、書類を取り出した。向かい合わせに記入欄を覗き込み、イルカの言う内容を四人分記入していく。
イルカのものではない体臭が微かにする。と男は指をきつく握った。
記入していた手が止まり、書面を見詰めた侭男はぼそりとイルカに尋ねた。
お前、はたけ上忍が好きか。
思わずイルカは身を引いた。えっ、と男の顔を見ても何の表情も読み取れ無い。
しかし纏う雰囲気に何かを感じ取り、イルカはうろたえる。何を言うのか。
男の想いなど気付かぬイルカでも、先程の事など言えないと思う。
ああいい人だよ、噂なんてあてにならないもんだね、他の上忍師の方々も恐い事なんて無いし。そりゃ任務になれば凄いんだろうけど、普段は優しいし。
殊更明るく返すイルカに、男はやはりさっき何かあったのだと気付いた。
「なあ、明後日休みだろ、遊びに行かないか。お前も忙しいから、気分転換に何処でも好きな所に連れてってやるぞ。」
と切り出した男とは、今までにも何度か出掛けたりもした。しかし、明後日はカカシとの約束がある。
ごめん、幼馴染みとお菓子を作る約束になってるんだ、と半分本当半分嘘を返す。ちょっと胸が痛むが、この約束は誰にも言えない。言ったら大事な何かが汚されてしまうような気がして。
そうか、と男は言って作り笑いで、じゃあそれは俺にも分けてくれるんだろうな、聞いたぞ。とお裾分けをねだった。
楽しみにしていていいよ、と少し優しくイルカは笑いかけた。嘘をついたお詫びに、特別に。
でも、林檎のお菓子はカカシ先生にだけ。

ぎこちない空気の侭、打ち合わせを終え運ばれた料理を突きながら、二人は上っ面の世間話をしていつもより早く別れた。

男は店の前で、イルカを見送る。今日は送ってやる気にならない。
忘れ物をしたからアカデミーに戻ると言って、しかしあても無く歩き出した。

イルカが俺に隠し事をした。あの男の事で。
やはりあいつが好きなのか。俺の方が、イルカを幸せにしてやれるのに。
あいつを選ぶのか。
いやそれより、はたけ上忍の気持ちを知りたい。その気が無いならイルカに近付くなと、弄ぶだけなら俺だって容赦しないと、言ってやりたい。
男は決意し、明日、明日はたけ上忍を呼び出して必ず答えをもらわなければと、夜道に立ち止まり靴の爪先を暫く見詰めていた。
もしも、はたけ上忍がイルカを本当に好きだと言うなら、俺はどうしよう。イルカを諦められるのかなあ。判らねえよなぁ、その時になんねえと。
と見上げた空には綺麗な三日月があった。

イルカはその帰り道、胸につかえるモノを飲み込めず、唇を噛んで俯いて歩いた。なんとなく、元締めの言いたい事が解った。でも、でも。
自分の体を抱き、うずくまって私はどうしたらいいのだろう、とイルカは三日月を見上げた。

カカシは、イルカが帰った後も寝転んだ侭動かず、まだ残る胸の燻りを持て余していた。しかしやっと誤解が解けたのだからいいじゃないか、と窓から覗く三日月に言われているようで、解ってるよ、と目を閉じた。

おはようございます、と此処では珍しい人物に挨拶される。おやどうしたの、とカカシは不思議そうな顔をした。
朝の受付で任務を受け取ろうと来てみれば、元締めと呼ばれる男が座っているではないか。
風邪で休んだ奴の代わりです、渡すだけなら出来るんで、と言う。この男はアカデミーの職員だが、受付との兼任ではない。
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