カカシ編 男心は梅雨の空・一
カカシは空を見上げていた。
どんよりと濃い灰色の雲は重く低く、見える限りの空を覆ってカカシに日の光を見せたくないかのようだ。
日の光、それはカカシにとってイルカだ。恋焦がれて光に焼きつくされたい、または溶かされてしまいたい程に欲している。それなのに、光はカカシに届かない。
いや、全く届かないのではない。ごくたまにうっすらと光が見え、カカシを優しく照らしてくれるのだ。そうして暖かいと感じた、その一瞬ののちにはまた雲に覆われてしまうのだけれど。
もっと、強く熱い光を、とカカシは両手を広げて曇り空に梅雨明けを願った。
イルカとの関係の、梅雨明けを。

小一時間、木々に姿を隠しながらカカシは丘の上で敵の動きを探っていた。だがあまりに暇で、今頃イルカは何をしているのだろうかとぼうっとしていると、交代しますと柔らかな声が掛かり、カカシはゆっくり振り返った。
まだ幼いといえる笑顔の中忍の少女だった。特別上忍に昇格するための条件の、最後の一つをこの任務で達成させなければならないとイルカから聞いていた。
教え子を宜しくなんて言っちゃいけないんですけどね。と口に人さし指を当てて笑ったイルカの様子から、その子がイルカにとって特別な存在なのだと知れた。
実際その少女は同期より抜きん出て賢く、忍術も才能があると任務を共にしてカカシも認めたのだ。

交代の声が掛けられたが、カカシはまだ一人でイルカに想いを馳せていたかった。この地に既に一ヶ月逗留し、会いたくて酸素の欠乏のようにイルカ欠乏で苦しいのだ。

カカシがイルカの知人から友人の地位を得るまでに一年近く掛かり、友人から同性にしては吐息が掛かる程近く名前の付かない関係に進むのに、厄介な忍界大戦が勃発し親交が中断された事もあるから三年掛かった。
その四年の間にはすれ違いもあり、お互いに他に心を奪われかけた事もある。だが二人の想いは磁石のように引き合い、やはり代わりはいないのだと覚悟は決めたのだが、最後の一歩が踏み出せないままあやふやな関係は続いている。
カカシは忍びとしては木ノ葉の里では上位の強さだ。けれど精神的にはちょっと強いだけで、足元を掬われれば傷付きもする。
恋をしてからは、尚更ただの男だ。

今交代に来た少女は、アカデミーに在籍していた頃から見掛けていた。カカシに近い色の髪を、物憂げにイルカが撫でる場面に幾度となく遭遇し、切なくなり涙が浮かぶ自分に末期だな、と笑いすら零れた。
少女の髪を撫でるイルカの真意を問えるわけもなく、カカシはきつい任務をもぎ取り黒い心の闇を発散するが、帰還後は憂さ晴らしの後悔で一人で膝を抱えて殻に閉じ籠もる繰り返しだった。
だが不思議なもので何処に居ようとも、その度にイルカはカカシの居場所を突き止め何も聞かずに髪を撫でてくれたのだ。
貴方は馬鹿だから、とイルカは必ず最初に言う。
考えすぎて一周して二週めに入って息切れして倒れるような、真っ直ぐな人。倒れる前に此処に来てください。
とイルカはカカシを抱きとめる。カカシは抱き返せば溢れてしまうからと、体の脇で両手を握り頭をその肩に乗せるだけだった。
イルカにすれば愛の告白にも等しい行動と言葉。けれど悟られないように、泣き付いてくる卒業生と同じようにカカシを扱う。
だからカカシは気付かない。そしてカカシも気付かせない。二人とも優秀な忍びである事が、事態をややこしくしていくだけだった。

ぼうっとしたままのカカシの返事を待たずに少女は樹の陰に立ち、見張りを始めた。じゃあお言葉に甘えて、とカカシが礼を言うと少女はためらいがちに、帰還したら仲間達でご飯をお誘いに伺っていいですか、と恥ずかしそうに尋ねてきた。
カカシにやましい気持ちはなく、今回の部隊の若い女の子達は素直で頑張りやさんばかりだからおごってあげるよ、とすぐさま頷いた。
良かった、あたしじゃんけんで負けて聞いてこいって言われたんですぅ、と黄色い声が笑いを誘う。
基地まで歩きながら、カカシは考える。あの子が自分の側にいたら、イルカはどう思うのか。
カカシと少女に何らかの意思表示をしてくれるのではないか、どちらかに愛を囁きもう片方を拒絶するのではないか。
自分が拒絶されたら確実に泣いちゃうだろうけど、と溜め息をつきカカシは地面を見詰めながら歩いた。
それでも、そろそろ解放されたいと思わないでもない。これから先も平行線ではいられない程に想いは膨らみすぎた。
イルカを諦めても多分一生一人で生きられるだろう。辛いけれど、他の人では駄目なのだ。
はっきりしない天気はやだねー、と呟きながらカカシは小さなテントの集落にそっと踏み込んでいった。
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