カカシさんは俺んちに忘れ物が多すぎる。

上忍師とその部下たちの元担任、というだけの繋がりがいつの間にか二人行きつけの飲み屋ができる仲になり。
そしてカカシさんの部屋よりは遥かに中央施設に近い俺のアパートで、朝まで飲んだりそれぞれ勝手に寝落ちする仲になり。
今やカカシさんは俺んちの玄関のドアを閉めた途端にベストを脱ぎながら口布を下ろして額当てを外し靴を脱ぐという動作を同時にやってのけると、台所の向こうの居間の卓袱台まで五歩で到着しては自分の座布団に座ってはああ疲れたと大きく息をついて大の字に寝転ぶようになったのだ。

そうそう、カカシさんは俺んちに忘れ物が多すぎるという話。
まず最初に何を忘れたかといえば報告書だ。
意外と人見知りするカカシさんは新しい場所にも慣れにくい。それが小汚ない俺の部屋に慣れてきた頃だったか、腰のポーチの中にその日の任務中に砂が入ったと言って洗面台でひっくり返していた。
ちょうど目の高さのタオルの棚にくしゃくしゃの紙が突っ込んであったことに翌朝気付いた俺はごみかと思ったが、ふと開いてみてびっしり書かれた任務報告書だったことに驚き捨てなかった自分にほっとした。多分濡らしてはいけないと思って仮置きにしたまま忘れてしまったのだろう。
都合良くその日の朝は受付に入るから、カカシさんが子供達を連れて任務の受け取りに来たら渡そうと思った。案の定カカシさんは報告書をなくしたとかなりしょげていたので、俺はアイロンまでかけたそれをひらりと掲げてドヤ顔で対応した。
あー昨日先生のうちで荷物を広げたんだっけ、と大声を出して喜び俺の手を握って振り回すカカシさんに周りの皆が引いていた事はよく覚えている。俺とカカシさんがそれほど仲が良いとは隠しもしないのに意外と誰も知らなかったので、後で何度も仲間達に説明するのはかなり疲れたものだ。

カカシさんが次に忘れていった物は、卓袱台の下に使い込んだお気に入りらしい手拭い。汗を拭くような暑さでもなく服に鍋の汁が飛んだという事もなかった筈だが。
この日から暫くは受付に入らなかったからいつ会えるか解らず手拭いは持ち歩かなかった。
先日手拭いを忘れてましたよとやっと言えたのはどちらも忙しいすれ違いざまで、置いといてと言われたが次に来た時には二人ともすっかり記憶から抜けていて結局置きっぱなしだ。
その次は兵糧丸入れの小さな革袋。まあこれは俺もいくつか持っているからきっと替えはあるだろうしと、俺が言い忘れたままだ。
そしてその次は皆もベストの胸ポケットに入れている、メモ代わりの小さな巻物。メモ代わりだから失くして困らないかなと思えば、カカシさんは探す様子もない。また来た時に言おうと思っていたが、その日もしたたかに酔って記憶は飛んだ。
そんな風にして俺の部屋には、カカシさんの忘れ物専用の段ボール箱が存在する事となった。

夏の初めにアカデミーでは時期外れの担任交代があった。産休に入る女性教師の代わりが来たのだ。
つい先日来年度の採用が内定したばかりで、その若い女性には実習のつもりで本来の担任が戻るまでの半年ほどを任せるという。そして今年は担任としてクラスを持たない俺が補助に入れと言い渡された。
高学年は半分大人として接すれば良いから楽だし俺がいればふざける奴らを抑えられるだろう、というのが上の本音だ。
アカデミーに金曜日だけ学校全体の最後のコマがないのは、今週の報告をし来週の予定を確認する職員会議の為だ。職員会議のあとはそれぞれ来週の授業の準備などで図書館や資料室に散らばる。
俺は五日間授業の補助をしてみて考えた。焦れったいが、授業中には先生である彼女にこうしたらいいという指示はできない。毎日授業後に細かく指導するのも、疲れているだろう彼女がかわいそうだ。
だから金曜日の職員会議の後の時間を使おうと考えついた。
なんたる偶然かその教師の卵の女性が俺の教師一年目に副担任として入ったクラスの教え子だったことから、昔のように俺の部屋で勉強するかと誘ってみた。あの頃は俺も若かったから集まる子供達の勉強よりも雑談や人生相談が多かったが、心の広い担任教師は自分の孫に近い生徒達の気持ちが解らないから授業以外は頼むと生徒達を俺に託してくれたのだった。
言っておくが下心は全くない。教え子はいくつになっても教え子としか、俺には考えられない。
また彼女も今はそれどころではないし、俺は昔から好みのタイプには一瞬でも掠りはしなかったらしい。初恋は先生という定番も全くなく、本人からそれを聞いた時は顔はひきつらせながらもだよなーと笑ってやった。
そういう点からも私的な感情を挟むことなく、俺達は勉強に励む事ができた。
職員会議が四時に終わるとうちに来て、一週間分の授業の枠組みを俺が作ってやると彼女はその時間に何をすれば良いのか教科書や資料とにらめっこで予定を完成させる。勿論その通りに進む事は難しいから、そのまた翌週はずれ込んだ分をいかに要領よく教えるかに悩むのだった。

ある日同僚からアカデミーの事を聞いたとカカシさんが受付で寂しそうに声をかけてきて、当分は飲めませんねとひとことだけ残して踵を返した。
そこで俺は時の流れに気付く。
そうか、カカシさんはふた月ぶりに帰還したんだ。
カカシさんが里にいなかった間に教え子の彼女が採用されたからうっかりしていた。一つの事に夢中になると他の事は忘れてしまう、俺の悪い癖だ。
ただ言い訳をさせてもらえば、カカシさんはしょっちゅう突発的に呼び出される人なので里にいると知っていても何日も会えない事が当たり前なのだ。決して俺が薄情なんかじゃない、約束なんかできないと端から諦めているだけだ。
肩を落として去っていくカカシさんの言葉に俺は返事をしていない。金曜日に勉強会をしているなら自分は邪魔だと思ったのだろう、一人で完結させた彼にちょっと頭に来た俺は夜は空いていますけどとその背中に言葉を投げ付けた。
疚しい事はなくても若い女性が変な噂をたてられたらなかなか一掃はできないから、彼女は遅くとも八時前には帰すようにしていると捲し立てる。隣の部屋の同僚教師も知っていると、カカシさんに誤解されたくなくて俺は懸命に説明した。











































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