だって二ヶ月ぶりだ、飲んで食べて色々話したいのだ。いやカカシさんがただ俺の部屋にいてくれるだけで嬉しいし楽しいのだ。
カカシさんが里にいる限りは、土日が休みの俺の都合に合わせて金曜の夜に飲むという決定の予定。そしてカカシさんは翌日に任務があって朝が早くても俺の部屋で寝て、出立予定の一時間前に起きると自宅で着替えてから任務に出ている。
拙い俺の説明で一応納得はしてくれたが、今まではカカシさんが暇な時には住人の俺より先に部屋で寛いでいる事もあったから勉強会によりそれができなくなったのが不満らしい。自分の部屋の方が楽なんじゃないかと思うけれど、カカシさんは俺の部屋を居心地がいいと誉めてくれる。
暫くは里に留まれるというから早速今週も来てくださいとカカシさんを誘った。なんだか少し機嫌が悪いように見えたが、ふた月も里に帰れなかったから心身ともに疲れているせいか。ゆっくり休んでほしい。
その週の金曜日カカシさんは彼女が帰った直後に訪ねてきて、二ヶ月分のお土産だと言って両手に一杯の土地の置き物などをくれた。指先ほどの男女ペアの人形や虹色の根付けなど、この人は意外と少女趣味だ。
元教え子が勉強に来た日は、カカシさんも必ず来て泊まっていくようになった。何を教えたのどんな話をしたのと毎回聞かれて、もしかしたらカカシさんも前線を離れたら教師になりたいのかと尋ねたら大勢の子供の相手は絶対無理だと思い切り首を横に振られたが。
なら何故細かく聞きたがるのだろう。時々変だなと思う事はあったけれどカカシさんだけなのか上忍って皆そうなのか、付き合いは長くなったがまだよく解らない。
そして相変わらずカカシさんの忘れ物は続き、俺の机の上の段ボール箱の中は混沌としている。
これ全部忘れ物ですとカカシさんに言えばいいものを、どうしてだろう俺は言えないし言いたくない。差し出して手に取られポケットにしまわれるさまを想像したら、何故だか返すのが惜しくなっているのだった。
居間の奥のベッドと机のある部屋にカカシさんは入ったことがないから、これらの存在には気付いていない筈だ。
俺は黙っている事への、理由の解らない罪悪感と背徳感に胸を軋ませている。
そうして金曜の夜には何かが一つずつ増えてゆくが、大雑把な俺は実は置いていかれた物にすぐには気付けない。例えばまつぼっくりが本棚や窓辺にさりげなく元から合ったように置かれていると、俺としてはずっとそこにあったと思い込んでしまうのだ。
翌週金曜日に彼女が来ると先週はなかった物が、と指差し教えてくれる。カカシさんが飲みに来て泊まり忘れ物をしている事も隠さずに話しているから、またですかと最近は呆れているようだ。先生もなんですぐ気付かないんですかとも言われて、俺は中忍としての自信を失いかけている。

今日、土曜の朝。カカシさんが置いていった物を初めて俺でも見つけられた。
だって手甲が左右一揃いだったから。
見付けた時にはまさかと思った。カカシさんにとっては額当てと同じくらい大事で、絶対に忘れる訳がないじゃないか。
でももう阿吽の門を出てしまっただろう。帰還予定は一週間後と聞いた。予備があるだろうけど、手甲なんて手に馴染んだ物の方がいいに決まっているのになんで。
戦闘はないとは言っていたけれど、もしもって事があるじゃないか。
でも俺にはどうする事もできず、カカシさんが次に来た時にすぐ気付くようにと一対の手甲は玄関の靴箱の上に置いた。

あら、と靴を脱ぐ前に教え子の彼女がそれを見て目を剥いた。
完全に命を懸けたマーキングですね。
笑いを抑えきれずに声を出してあははと笑う。
三ヶ月もの間毎週私がここに通っていれば、どんなに否定しても変な事を言い出す人も出てきますしね。と両手を腰に当ててちょっと憤慨しながら彼女はまた肩を震わせ笑い出す。
牽制なんかしなくても、先生と貴方はお似合いだと思ってますから邪魔はしませんよ。それにお二人がくっついてくれたら、噂の元の私が一番楽になるんですから。
そう玄関ドアに向けて言い放つと、彼女はいきなりドアを開けた。
後ずさるカカシさんが手首を中忍の女の子に掴まれてぐいと引かれ、玄関の三和土でたたらを踏む。
入れ代わりに外に出た、満足そうな笑顔の彼女によってドアは閉められた。

一週間経ってカカシさんは予定どおり帰還したんだ、と思い出した。
気まずい。
今さっきの彼女の言葉は鈍い俺でも理解できた。
とりあえずお帰りなさいと、俯きながら小声で言ってみる。怪我もなく戻りましたよと、やはり小声が返る。
気まずいまま、俺達は居間に移動した。

毎週そっと置いていく小物で自分の存在を示したかったというカカシさん。段ボール箱をどんと卓袱台に置いてこれらの意味は、と問えばチャクラが籠めやすい物だからとにこにこしながら答えた。
中忍寮と言って差し支えないこのアパートでは、俺の部屋に誰かが飯を食いに来たり飲みに来たりという事が多い。カカシさんのチャクラに慣れきった俺には、カカシさんがわざと忘れていった物に籠められた僅かなチャクラに全く気付かなかった。
俺以外には例え微量でも誰のチャクラかは判る筈だと、何故かカカシさんは少し偉そうな顔だ。まあ確かにここに入り浸る奴らは腐っても中忍以上のアカデミーの教師で、必ず戦忍の道を通ってきているからチャクラには敏感だ。
え、という事は、皆カカシさんの意図を知りながら黙っていたのか。

玄関の靴箱の上に置かれた手甲が一組。そこに置いたまま、この一週間に部屋の中に入れた仲間達は何人だったろうか。なあ、お前らあれがカカシさんの物だと気付いたよな、知っていたよな。この人毎日身に付けていたんだからすぐ判っただろうけどさ、それなのに見事にスルーしたよな。
パニックに陥った俺は、何も考えられないまま手甲からカカシさんに顔を移した。にこりといつになく嬉しそうに微笑んだから、俺もつられて笑顔になる。何がどうしてこうなったか、なぁんも解らないけどカカシさんが嬉しいならいいかとすとんと気持ちが落ち着いた。

ただ明日から俺を置いたまま、周りが大嵐になる予感は外れないと確信した。



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