イルカの教え子で、カカシの部下でもあった少女が訪ねてきた。
綺麗になったね、と言えば恥じらう姿に時の流れを感じた。だがすぐに項垂れ、あのねと小さな声で話し出す。
―カカシ先生が怪我をしたの。うわごとでイルカ先生の名を呼んでるって。
玄関から部屋の中をちらりと見た顔が、泣きそうに歪んだ。
―カカシ先生、一つ一つに心を籠めて贈ったのね。
聡い子が、チャクラを感じて泣き出した。イルカだけには気取られないように掛けられた術。
―解いていいですか。
頷けば部屋が白く輝いた。
「側にいて。」
「お前だけ。」
「帰りたい。」
「オレだけを見て。」
渦巻く想いを、イルカは身体中で受け止めた。
―先生、行って。
振り向いて笑い、カカシのいる雪の国まで走り出した。
涙で景色が霞む。脚が震え樹から滑り落ちる。身体が軋むが、それでも休む訳にはいかない。
川や水溜まりの水を啜り木の実や草を食べ、うずくまり僅か眠って体力を回復し。
自分にしては速く駆け抜けた、雪の国の門前で思いきり泣いた。
思いきり叱ってやる、とイルカは立ち上がってカカシを探した。

白い病室に、室内と同化しそうに青白いカカシが穏やかに眠っていた。命に別状はないと聞かされ、イルカは一気に力が抜けた。
なんて言ってやろう、と自分の姿も気にせずカカシの目覚めを待つ。
人の気配にゆっくりと目を開いたカカシは、ぼろ切れのようなイルカに驚いた。
ざんばらの髪には枝葉が絡まり、ちょっとやそっとじゃ切れない筈のアンダーシャツもベストも、勿論顔も手も、戦闘に巻き込まれたかと思う程にずたずただったのだ。
「なんで?」
痛みを堪えてのそりと起き上がったカカシも、包帯だらけだったけれど。
「何があった!」
無理矢理伸ばした手がイルカの肩に届き、ぐいと引いて猫の引っ掻き傷のような血が滲む頬にそっと指を当てた。
「し、心配して何が悪い。あんたが、」
唇を震わせイルカが睨む。
「あんたが、俺に、あんなに、たくさん、くれたから。」
ひきつる喉から絞り出した声が、最後は嗚咽に変わっていった。
カカシはイルカから手を離し、黙って眉をひそめた。
「あれは。」
何と言えばいいだろう。
郷愁、ではなく。
詫び、でもなく。
見付からない言葉。
黙り込んだカカシに、イルカはズボンのポケットから小さな木の箱を取り出して目の前に突き付けた。
「こんな物!」
贈ったのはつい最近だ、何故かどうしてもイルカに持っていて欲しかった。
「形見分けかよっ。」
イルカは箱を傍らの床に投げ付けた。ぱりっと乾いた音がし、箱は砕けた。
中には親指程のカカシの髪がひと房、懐紙に包まれていた。
受け取ってすぐは、これきりだと完全に縁を切られたショックが先に立った。けれど日に日に嫌な予感が胸に溜まっていき、落ち着かないところへカカシの怪我の連絡が入って。
贈り物達に籠められた想いも知り。
「さようならって、置き手紙なんかしたくせに。」
「発つ時は本当に、あんたを解放する気だったんだよ。」
オレがいなくても、いやいない方がいいだろうって、ずっと思っていたから。
「それは、俺が言う台詞だ。」
どれだけ一緒にいても、冷めた目は変わらなかったじゃないか。
「今更、あんな気持ちをを聞かされて。」
「気持ち? 術が解けたの?」
呆然としたカカシは、やがて悲しそうに俯いた。
「イルカ先生以外が解いたって事だね。貴方に聞かせるつもりはなかったんだけど。」
「何故。」
「貴方を諦めきれなかったから。貴方の心に届かないとしても、オレの気持ちを籠めて満足したんだ。」
包帯がきっちり巻かれた両腕で、カカシは俯いたままの顔を覆う。
「矛盾してる。諦めきれなかったら何か行動するでしょう、普通は。」
努めて冷静にしようと思う程に、イルカの言葉は荒くなった。
「術を解いたのはあんたの部下です。俺には気付けなかったけど、たった一年で緩んだなんて迂闊でしたね。」
カカシの術は不完全だった。イルカに知られないように籠めたつもりの想いを、本当は聞いて欲しいとちらりと思ってしまったからだった。
「そうか、あの子が。随分成長したんだ。」
ぱたりと落とした手を握り、カカシは小さく笑いを溢した。
「迷惑でしたね、申し訳ありません。もう何も贈りませんから安心して下さい。」
カカシは突き放すように敬語で言うと、頭を下げてじっとイルカが去るのを待った。
だがイルカは立ち去らず、逆にカカシに近付いた。ベッドの端に腰掛け、カカシの顔を覗き込む。
「あんたは、それでいいんですか?」
汚れた袖口で止まらない涙と鼻水を拭えば、イルカの顔は更に汚れた。だが次々落ちる涙が、汚れを洗い流した。
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