「俺があんたのくれた物を全部捨てて、アパートも引っ越して、新しく誰かと人生を歩み出しても。」
いいんですね、とイルカが強く念を押した。
ひとときの沈黙が、無限にも感じられる中。
意を決したカカシは顔を上げ、口を開いた。溢れそうな言葉を留めていた楔はイルカによって引き抜かれ、堰を切ったようにとめどなく流れ出した。
「じゃあオレが、先生を独占して片時も離さなくて誰にも笑い掛けるのを許さなくて死ぬまで、ううん最期は一緒に死んでって頼んだら頷いてくれるの?」
剥き出しの強い感情が、ぎらぎらと光る目に表れていた。
「だったらいいよね、今すぐ貴方に突っ込んで喘がせたい。」
カカシが初めてイルカに見せた欲は。
「貴方の中をオレで一杯にして、髪の毛一本でさえオレのものにしたい。」
強い痛みだろうに身体を乗り出し、あげくは脂汗をかき息も絶え絶えになったカカシの頭を抱き、それは人前で言われては困りますとイルカは呟く。熱く赤い耳は、カカシには見えない。
「そんなに情熱的な言葉はとても嬉しいんですけど、ただひとことでいいんです。俺も同じ言葉をあんたにあげたいんです。」
「…なんて言えばいいの。」
とたんにしゅんと萎れた様子に馬鹿だなぁと笑み目を細め、イルカは屈んでカカシに目を合わせてゆっくりと言葉を紡ぐ。
「あ、い、し、て、る。」
カカシは目を剥き驚いた。よく知っているその言葉を、言われた事はあっても誰にも言った事はない。
愛読書の中の人々が繰り返し言うそれは、絵空事でしかない筈だ。だって誰が言おうと、まるで心に響かなかったのだ。
それなのに。
同じ言葉でも、イルカが言うとじわりと心に染み入ってくる。
「あ、い、し、て、る。ほら、言いなさい。」
「あ…愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、」
「もういいです。」
「駄目、何度でも言うの。愛してる、愛してる、愛してる、愛してる。」
こんなに簡単な事だったのに、なんでずっと悩んでいたのか。
顔を赤く染め羞恥に歪むイルカを見るのが嬉しくて楽しくて、本気で怒られるまでカカシは言い続けた。

「見回りの最中に、雪崩に巻き込まれたんだ。この国の技術者も一緒にいたから、咄嗟に身体で庇ったらこのざまでね。」
「その方は?」
「勿論、すり傷だけだよ。」
イルカの手を握り締め離さないから、カカシを無理矢理寝かせて枕の側に椅子を寄せた。
「立派でしたね。でもね、俺の気持ちはそれこそ雪崩に巻き込まれたようでしたよ。」
「先生、うまい。」
くくっと笑ったカカシは痛みが身体中に響き、すぐに顔を歪めた。ほら、とイルカも顔をしかめる。
「冗談じゃないです。馬鹿野郎って、あんたを殴るつもりで来たんですからね。」
拳骨をカカシの額にこつんと当て、開いた手を頬に沿わせた。
「カカシさん、聞きたい事があります。あんたが何故、いつも俺に黙って任務に行っていたのか教えて下さい。」
答えろ、とイルカはカカシの顔の両脇に手を着き詰め寄った。起き上がる事はできても、身体中の痛みで逃げきれないとカカシは逃亡を諦めた。
「…なんて言えばいいのか解らなくて。」
きっとふざけるなと怒られるとイルカから目を逸らし、ぎゅうと目を瞑れば唇に柔らかな感触があった。
「今度から、待っていろと言えばいい。」
思わず目を開けようとしたが、イルカが手で瞼を抑えてしまった。
「恥ずかしいから見ないで。」
それからぬるりと口に入り込んだのは、熱いイルカの舌先だ。一年振りか、と胸が騒ぎカカシは舌を絡めて味わった。
もっともっと。痛い腕をなんとか持ち上げイルカの身体を囲う。
痛みで隙間なく抱き締められない事が少し寂しいから、せめて唇は離したくない。
そんな事を考えていたらイルカが息継ぎに少し離れ、カカシは一年分をちょうだいと囁き音をたてて再び唇を吸った。
ん、と承諾が短く聞こえ頷いたイルカの匂いがカカシの鼻を擽った。

当分病室には誰も来ない。カカシを探して飛び込んできたイルカはただ名を呼ぶばかりで、誰の目にもただならぬ関係の相手にしか見えなかったのだ。
触らぬ神に祟りなし。と面会謝絶の札が下ろされ、遅れて綱手から痴話喧嘩に巻き込まれないようにと連絡が届いて、やはりと病院の職員達が頷き合った事は極秘事項。

幸いカカシの脚は亀裂骨折で、手術には至らないが歩けない。他にも身体中の筋肉や神経に、重度ではないが損傷があった。
隊の忍医はチャクラを増幅させる装置があればすぐに治せると言うが、それは木ノ葉の里にしかない物だ。
よってカカシはイルカに付き添われ暫し入院継続、雪解けの期間の見回りは他の者達によって滞りなく終了となった。
見回りごとき何のその、と恋人達の遅れた蜜月を祝う為。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。