28

手の痛みかオレの言葉に対してか、梅木は顔を歪め震える唇を噛む。オレはいつも通り、慈悲など与えるつもりはない。
「友人である筈のこの人すら知らない事だろう? 勿論里も。」
「…ああ。」
どうやって里への提出書類を改竄したかは知らないが、下忍になった辺りからの梅木の過去が変えられていた。
本当は。生後半年あまりで妹の心臓が先天的に働きが悪く、何年もつかは不明だと解り。
下忍になったばかりの息子が一年足らずで中忍に昇格できると知ると、父と母は妹を病院に残して息子の世話を焼くようになった。
集中治療室での完全看護でなければ妹は生きられなかったからではあったが、梅木は両親が病院から呼び出されない限り妹に会いに行かない事に腹を立てていた。
両親は妹がこの先何の役にも立たないどころか、金ばかり使うと罵った。だから里から追い出した。
「借金して、家を買って何か商売を始められるだけの金を積んだら、…あいつらさっさとどこかに逃げて行っちまった。そこで縁は切れたんだ。」
あんな親なんかいらない、と梅木は吐き捨てた。堰を切ったように親の悪口を言い始めたが、オレはそれを聞き流した。
「梅木カヤ、五代目火影の命により拘束する。このままオレ達と里まで戻るように。」
チャクラを封じる手錠を垂れ下がった右の手首に掛けると踏みつけていた足を離し、手のひらを貫通した千本を抜く。すると傷口からは鮮血がだらだらと流れ出した。流石に止血をしなければ。
「手当てを。」
オレの言葉にイルカ先生が走り寄って、梅木の左の手のひらをそっと両手で包んだ。アカデミー教師は簡単な医療忍術を使える為に流血はすぐに止まり、ほうと安堵の息が二つ聞こえた。イルカ先生がいる事で、梅木も張り詰めていた気を漸く解けたのだろう。
イルカ先生は立ち上がるとオレの手から千本を取り上げ、滴る梅木の血を丁寧に拭き取りながら問うてきた。
「隊長、それは本当の事なんですか。」
「目の前の本人に聞けばいい。」
真実を知るのが怖いのだ、イルカ先生は口を開いたが言葉が出てこない。
「ずっと術を使わなかったから、身体がいう事を聞かなかったな。」
木に寄りかかり、梅木は薄く笑ってオレ達を交互に見た。
「はたけカカシに捕まっちまったら、完全に犯罪者扱いなんだろ。」
投げやりに吐いた言葉がイルカ先生の顔を歪ませる。はは、と乾いた笑いに先生は俯いてきつく目を瞑った。
「本来は抵抗した時点で抹消だが、お前を連れ戻せと命令を受けているんだ。その傷だけですんでありがたく思え。」
ぎっとオレを見据えた目が、憎しみに燃えている。
「なあ、おれはもう村には帰れないなら、この後始末は綺麗にやってくれるんだろうな。」
梅木の、いや長男の存在を消さなければならないが、今はその時ではない。綱手様は村人に全てを明かしても良いと仰ったが、それで解決にはならないだろう事も含んでこの任務をオレに任せたのだ。
「綱手様はお前の話を聞きたいそうだ。何か理由があるのだろう、と仰っていた。」
言いながら、そこでオレも気付く。
「梅木、両親とはそれきりか?」
「…、そうだ。」
一瞬の躊躇いがあった。もしかしたら。
「隊長、どうしたんです。隊長はまだ何かをご存じなんですか。」
顔色をなくし苦しそうなイルカ先生に、オレは無言で首を横に振った。梅木に向き直り、膝を着いて正面から目を覗く。
「仲間達がそろそろ来るから、今夜のうちに里に戻るよ。」
念のために写輪眼で二重の暗示を掛け、梅木は従順な部下となった。梅木が抜け忍になったという情報はほんの数人しか知らないから、帰り道で合流して帰還という筋書きで戻れるだろう。
「よ、お疲れ。」
音も気配もなく到着したわりに、雲海の声は大きかった。いくら周りに何もないからとはいえ。
「もう、雲海さんたら帰れるからってはしゃぎまくりなんです。」
とうとう貸家は雲海の世話を焼くようになったようだ。昼間の火の国の役人と部下そのままだ。
「あー悪いね、雲海は朝まで村にいて。」
「はあ?」
声が大きい。近くの木で眠っていた鳥達が一斉に飛び立った。
「朝まで幻術で梅木になっててよ。」
「なんでだ。」
「夜中に忽然と姿を消したら不味いでしょ。で、朝になったら貸家がまたくぬぎだっけ、役人になって結婚の祝い品を近くの役場まで届けさせたから取りに来いって言うの。」
しょうがねえなあと言いながら、雲海は梅木をじっと見詰めてよしと頷いた。これだけで完璧に化けられるとすれば、やっぱりただ者じゃない。
「一番近い火の国の役場はここから何日かかるっけ、イルカ。」
呼ばれてはっと顔をあげた先生はまだ青い顔をしていたが、目の光はしっかりと戻っていた。もう少し頑張って。
「確か片道が、一般人の男性で丸一日かと。日帰りはとても無理です。」
それなら三日くらい留守にはできますね、と貸家も背負っていた役人の着物の包みを腕に抱え直してぽんと叩いた。やる気満々だ。
夜明けが迫っていた。




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