貸家は一人で役人の着物に着替えられない。だからイルカ先生を、貸家の着替えを手伝う為に置いていく。そう言えば先生はオレに無言で頭を下げた。
まだ隠されている梅木の真実を受け止めるには、先生の気持ちが整理されていない筈だ。だからその時間を作ったオレの意図を汲んでくれたと信じる。
傍らでは重く暗い雰囲気を払拭しようと、皆が不自然に明るく振る舞い始めた。
「よっしゃ頑張るか。梅木カヤ、心配するな。ちゃんと行ってきますって言うからな。」
もしも梅木がまたこの村に戻れるなら、ちゃんと居場所を残しておいてやりたい。雲海は言外にそう滲ませた。
この隊の誰もが、損得の為に梅木が抜け忍となったとは思っていない。甘いのだろう、けれど同じ里の苦楽を共にした忍びだから。
貸家とイルカ先生は宿に戻る。雲海は梅木の代わりに村に赴く。
残ったオレと鳥飼と縄目が、梅木を連れて帰還する。
「梅木、また里で。」
イルカ先生の言葉に、オレの術で傀儡に近い状態の筈の梅木がゆっくりと微笑んだ。
「はい、お気をつけて。」
掛けられた言葉の意味は理解できないだろう。それでも忍びの習性として、梅木は返事をしたのだ。
横を向いた先生は目を擦り、いつもはとっくに寝てるから眠くて仕方ないと独り言を言った。
雲海が歩き出すと、各々が役割をこなす為の行動に移った。イルカ先生と貸家の後ろ姿を見送り、オレの号令で隊は走り出した。
前後を挟まれ腰に縄を掛けられた梅木の動きは、術のせいでやや緩慢だ。それに合わせてオレは獣道の先頭を走る。
朝焼けに照らされた里の門が見えたところで、別人になった梅木の顔を隠さなければと気が付いた。片目と口を包帯で巻き両側から支えるように歩かせれば、救助を待っていた怪我人の出来上がりだ。
戻りました、と四人で執務室に赴く。綱手様は自分の目で梅木を確認し、安堵の息を肩でついた。
梅木に掛けた術をとき、壁際の床に座り込んで休憩を取る。全員が無言で気付けの意味の熱い茶を啜る姿は異様だ。抜け忍を連れ戻すなどほぼ経験した事がない為に、無駄な緊張が続いているのだろう。
「梅木カヤ。」
手足を拘束せずとも神妙に椅子に座る姿は、全てを諦めた敵の捕虜に重なる。覚悟を決めたのか、名を呼ばれ綱手様に向けた村男の顔の梅木は、口角を僅かに上げて笑っているように見えた。
「話してくれないか。」
綱手様は責めるでもなく、柔らかな声で梅木に接している。任務を終えたオレ達を同席させたままなのは、これからの忍びの里の在り方を考えさせる為だろう。抜け忍をただ粛清する方法が良いのではない、と。
「理由は、ただの農民として年を取って死にたかっただけです。」
微笑を浮かべたままで、顔を整形してまで村に居続けようとした理由を梅木は淡々と語り始めた。
「俺の生き甲斐だった妹がいないから、里で忍びを続ける必要がなくなりました。たまたま諜報の任務先であの村の男と知り合い、結婚費用を稼ぐ為に工事現場に出稼ぎで来ているという男の身の上を聞きました。男が事故で死んだ現場に居合わせて、せめて遺品を届けようと村に出向きましたが…。」
段々と声が小さくなる。暫しの間の後梅木はぶんと頭を振り、その後を一気に話す。
「山に囲まれ時を止めたような景色に、心が洗われました。村人に出迎えられ、遺品を届けただけの自分にとても良くしてくれて、計画を思いついたんです。男が事故で死んだ事は今数人しか聞いていない。だから重症を負ったが治れば戻るからと、記憶を改竄して自分がなり替わりました。」
以上です、と口を閉じた梅木の肩を叩くと綱手様はまだあるだろうと促した。それは多分、オレが言い掛けてやめた部分の事だ。
オレが、と声を掛けると綱手様は踵を返して梅木の前から退き、自分のいた位置へとオレを押し出した。
「なあ梅木、お前は両親を口汚く罵りながらも妹への愛情は信じ続けていたんだろう。だがやはり裏切られて、お前の怒りはとうとう頂点に達したんだ。」
「隊長?」
縄目がオレを止めようと思ったか近付いてきた。イビキの元にいるだけはある、察しがいい。
「心配するな、手は出さないよ。」
そう言えば足を止めたが、いつでもオレと梅木の間に割って入れるようにあと一歩の距離を保っている。
「両親に関する調査結果が、綱手様からオレに届けられて得心がいった。」
綱手様がゲンマに続けさせていた調査の続きが、こっそり宿に届けられた。
拘束した時オレは梅木に、あれ以来両親には会っていないのかと尋ねた。梅木は嘘をついた。
両親が始めた商売は数年で頓挫し、詐欺にもあって借金が膨れ上がった。だが両親は商売で成功したから妹を引き取らせてくれ、と梅木に連絡していた。二年程前の事だ。
妹に会わせればごめんねと泣き崩れ、改心したかと勘違いする程の演技を見せる。妹が喜んだからというだけで梅木は二人に妹を預けた事が、悲劇を呼んだ。
両親は妹を連れ、梅木の目の届かない火の国へと戻った。
まだ隠されている梅木の真実を受け止めるには、先生の気持ちが整理されていない筈だ。だからその時間を作ったオレの意図を汲んでくれたと信じる。
傍らでは重く暗い雰囲気を払拭しようと、皆が不自然に明るく振る舞い始めた。
「よっしゃ頑張るか。梅木カヤ、心配するな。ちゃんと行ってきますって言うからな。」
もしも梅木がまたこの村に戻れるなら、ちゃんと居場所を残しておいてやりたい。雲海は言外にそう滲ませた。
この隊の誰もが、損得の為に梅木が抜け忍となったとは思っていない。甘いのだろう、けれど同じ里の苦楽を共にした忍びだから。
貸家とイルカ先生は宿に戻る。雲海は梅木の代わりに村に赴く。
残ったオレと鳥飼と縄目が、梅木を連れて帰還する。
「梅木、また里で。」
イルカ先生の言葉に、オレの術で傀儡に近い状態の筈の梅木がゆっくりと微笑んだ。
「はい、お気をつけて。」
掛けられた言葉の意味は理解できないだろう。それでも忍びの習性として、梅木は返事をしたのだ。
横を向いた先生は目を擦り、いつもはとっくに寝てるから眠くて仕方ないと独り言を言った。
雲海が歩き出すと、各々が役割をこなす為の行動に移った。イルカ先生と貸家の後ろ姿を見送り、オレの号令で隊は走り出した。
前後を挟まれ腰に縄を掛けられた梅木の動きは、術のせいでやや緩慢だ。それに合わせてオレは獣道の先頭を走る。
朝焼けに照らされた里の門が見えたところで、別人になった梅木の顔を隠さなければと気が付いた。片目と口を包帯で巻き両側から支えるように歩かせれば、救助を待っていた怪我人の出来上がりだ。
戻りました、と四人で執務室に赴く。綱手様は自分の目で梅木を確認し、安堵の息を肩でついた。
梅木に掛けた術をとき、壁際の床に座り込んで休憩を取る。全員が無言で気付けの意味の熱い茶を啜る姿は異様だ。抜け忍を連れ戻すなどほぼ経験した事がない為に、無駄な緊張が続いているのだろう。
「梅木カヤ。」
手足を拘束せずとも神妙に椅子に座る姿は、全てを諦めた敵の捕虜に重なる。覚悟を決めたのか、名を呼ばれ綱手様に向けた村男の顔の梅木は、口角を僅かに上げて笑っているように見えた。
「話してくれないか。」
綱手様は責めるでもなく、柔らかな声で梅木に接している。任務を終えたオレ達を同席させたままなのは、これからの忍びの里の在り方を考えさせる為だろう。抜け忍をただ粛清する方法が良いのではない、と。
「理由は、ただの農民として年を取って死にたかっただけです。」
微笑を浮かべたままで、顔を整形してまで村に居続けようとした理由を梅木は淡々と語り始めた。
「俺の生き甲斐だった妹がいないから、里で忍びを続ける必要がなくなりました。たまたま諜報の任務先であの村の男と知り合い、結婚費用を稼ぐ為に工事現場に出稼ぎで来ているという男の身の上を聞きました。男が事故で死んだ現場に居合わせて、せめて遺品を届けようと村に出向きましたが…。」
段々と声が小さくなる。暫しの間の後梅木はぶんと頭を振り、その後を一気に話す。
「山に囲まれ時を止めたような景色に、心が洗われました。村人に出迎えられ、遺品を届けただけの自分にとても良くしてくれて、計画を思いついたんです。男が事故で死んだ事は今数人しか聞いていない。だから重症を負ったが治れば戻るからと、記憶を改竄して自分がなり替わりました。」
以上です、と口を閉じた梅木の肩を叩くと綱手様はまだあるだろうと促した。それは多分、オレが言い掛けてやめた部分の事だ。
オレが、と声を掛けると綱手様は踵を返して梅木の前から退き、自分のいた位置へとオレを押し出した。
「なあ梅木、お前は両親を口汚く罵りながらも妹への愛情は信じ続けていたんだろう。だがやはり裏切られて、お前の怒りはとうとう頂点に達したんだ。」
「隊長?」
縄目がオレを止めようと思ったか近付いてきた。イビキの元にいるだけはある、察しがいい。
「心配するな、手は出さないよ。」
そう言えば足を止めたが、いつでもオレと梅木の間に割って入れるようにあと一歩の距離を保っている。
「両親に関する調査結果が、綱手様からオレに届けられて得心がいった。」
綱手様がゲンマに続けさせていた調査の続きが、こっそり宿に届けられた。
拘束した時オレは梅木に、あれ以来両親には会っていないのかと尋ねた。梅木は嘘をついた。
両親が始めた商売は数年で頓挫し、詐欺にもあって借金が膨れ上がった。だが両親は商売で成功したから妹を引き取らせてくれ、と梅木に連絡していた。二年程前の事だ。
妹に会わせればごめんねと泣き崩れ、改心したかと勘違いする程の演技を見せる。妹が喜んだからというだけで梅木は二人に妹を預けた事が、悲劇を呼んだ。
両親は妹を連れ、梅木の目の届かない火の国へと戻った。
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