22

あ、ビスケがそのままだ。いいか、後で戻せば。
気を逸らしたオレに気付いたイルカ先生のスピードが、止まらないまでも落ちる。
「大丈夫、犬を呼んだまま置いてきたってだけなので。」
「ええ? 犬がいたんですか? 部屋に?」
不安げにオレを見ていた目が見開いて輝いた。凄い食い付き方に思わずたじろぐ。
「一匹だけね。一緒に寝てもらってたの。」
嘘ぉ羨ましいぃ、と語尾を伸ばした若い女の子のようなトーンの高い声に、いいでしょとちょっとだけ自慢した。
木々の枝を跳んで最終目的地の執務室の前には、部屋に入ろうとするあの面々がいた。ようと手を上げ一緒に部屋に入る。
イルカ先生も含めて並んだ六人を見渡し、綱手様が早速だがと話を始めた。
「合議の結果最終的に梅木を抜け忍と断定し、お前達に拘束の任務を与える。」
拘束。連れ戻せというのか。
「その場で処分ではないのですか。」
上忍師の男が皆が思う疑問を口にした。
「今回の梅木に関しては、理由を聞いてやるべきだと思う。だがどんな理由であっても、抜け忍である限りは無罪放免にならない。」
その場で処分にならないだけでもイルカ先生は安心し、僅かに身体の力が抜けていったのが解る。
綱手様がオレを見た。抵抗し反撃した場合にはその言葉の限りではないという事か、それは勿論承知だ。
「村の人々には、お前達の判断で術を掛けても真実を話しても構わない。ただ、無駄な情けは止めておけ。」
最後の言葉はイルカ先生に向けていた。無言で頷いた顔は、心配するまでもなく木ノ葉の里の忍びになっていた。
執務室から出ると、並びにある会議室で綿密な計画を立てる。
「この任務の隊長って、はたけ上忍ですよね?」
イビキのところのビデオ係が聞いてきた。
そういや正式な拝命書を受け取っていないが暗部時代はそれが当然だったから、オレにはこういう時はどうすればいいのか知らない。
「引き続きお願いします。」
口々にお願いしますと重ねて言われては、引き受けるしかないと頷いた。
イルカ先生への改めての自己紹介で、ビデオ係の名を縄目シバリと知る。拷問向きだなと思ったそれは飲み込んだ。
上忍師の雲海は世代が違うがアカデミーに出入りしていた為に、顔だけはイルカ先生と合わせていたようだ。下の名は無情というので修行僧かと突っ込めば寺の二男だと明かした。
鳥飼は安易に鳥が翔ぶからショウ、一番若い一軒家住也という男は呼びづらいから貸家というあだ名でいいですと自嘲気味に笑った。
「か、貸家、」
悪いとは思ったが口を押さえて笑いを堪える。
「幾つか家を持ってて貸してるだけです!」
子供のように赤くなって拗ねるところも若さが窺えた。里ではかなり広い土地を所有しているらしく、イルカ先生もアパートの持ち主がそいつの親だと知って驚いていた。数日一緒に任務に就いていたこの面々の名前をオレが知らなかった事にも、驚いて目を見張る。
「カカシ先生は、同行の方々のお名前を知らなくて差し障りがないんですか?」
イルカ先生はまず名前ありきだと思っているのだろうが、その場限りの関係なら支障はないからあんたでもお前でも良かったんだ。
そう返すオレの言葉に気付いたものがあったろう、イルカ先生は失礼しましたと俯いた。確かに里で毎日同じ場所にいて同じ顔ぶれでは、名前を覚えていない方がおかしいんだろうね。
オレは毎日組む相手が変わる。酷い時には昼の任務から休む事なく夜の任務へと走る。だから長い知り合い以外は、身体的特徴かその時の役割で呼ぶのが当たり前だった。
「そうそうそれで、イルカ先生がオレの事を律儀にカカシ先生と呼ぶのがむずむずするんです。オレ、もう先生じゃないし。」
「え、でも。」
「それに任務の最中は、一軒家じゃないけど呼びづらいでしょ。だから先生はやめて。」
これがイルカ先生へのお願いだ。真面目な人だから、人前で約束させればそれをたがえる事はない筈だ。
えと、と目を泳がせながら呼び方を探すイルカ先生を、他の皆は面白そうに眺めている。
「…でも。」
なかなか思い付かない様子に焦れて、雲海が口を出した。
「とりあえず今は隊長って呼んどけ。終わってから二人で気が済むまで考えろ。」
「という事で時間切れです。オレは隊長、イルカ先生は鳥飼もいるので、先生ではなく…、」
イルカでいいでしょう、とすまして鳥飼が拾った。
イルカ先生の異議は聞く気にないからさっさと本題に入る。だけどなんて呼んでもらおうかと、こそばゆい心が口元を緩ませてしまった。
では、と暗号解読班の貸家がビデオの再調査の結果を読み上げる。
「先日申し上げた暗号らしき言葉ですが、暗号としては意味はありません。ですが各々に鍵としての意味はあると思われます。」
「鍵としての意味?」
鳥飼が身を乗り出して貸家の顔を覗き込んだ。表情を確かめるのは教師の癖か。
「術を発動させる為にです。」
大きく頷いた貸家は、何枚もの紙を広げて指で示しながら説明していく。
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