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「会話の全文を書き起こしたこれを見て下さい。この梅木と婚約者の娘の会話の時の一人の人名の後には五つの地名の一つ、もう一人の人名の後にもその中の地名が二つありますね。」
貸家がびっしりと書き綴った紙は、十枚以上に及んでいた。
「あ、梅木と家族の会話で、二日のうちに人名も地名も何度も入ってますね。」
イルカ先生は広げられた全てを素早く斜め読みし、次々とそれを拾い上げていく。
「見事に自然な会話として全部が入って、…これが鍵なんですか?」
イルカ先生の反応の速さに嬉しそうな顔をし、貸家は大きく頷いた。
「自らは動かず他人を操って、意図する行動に導くんです。人名が状況や場所の合図になり、地名は発動の時期や時刻に当てはめればぴったり合うんです。」
「おれは謎掛けみたいなのは得意じゃねえんだが…、つまりどういう事なんだ。」
静かな室内に、雲海の爪がこつこつとリズムを刻み机を叩く音が響く。
「梅木は幻術と結界を合わせる事が得意で、それを活用した任務が近年二件ありました。…どちらも時間差を利用した捕縛です。」
黙って聞きながらも皆の眉が寄っていく。雲海が時間差だから人名より地名の数が多いのか、と呟いた。こいつも結構切れる。
「そうです。時間差で二度発動させるか、一度目は失敗するかもという予測を踏まえて二度目の発動の時間を指しているんです。」
貸家の後を縄目が引き継いで続ける。
「暗示で特定の時間に幻術に掛かるようにして、結界に誘い込みます。例えばですね、帰宅したのが三時です。いつもは六時からなんだけど、暗示によって五時だから食事の支度を始めようと幻術の仕込んである台所に立つと術に掛かります。」
縄目は机に指で円を描き、とんと指先を落として指先が離れず逃げられない仕草をした。
「現実には自分一人ですが幻術により誰か家族が来たと錯覚し、落とし物をしたので一緒に探して欲しいと手を引くのに従って結界を張ってある場所に行きます。梅木はその人物だけが入り込めるように、結界を張れます。」
「やけに自信のありそうな、具体的な予測だね。」
「予測ではなく結果のデータです。」
縄目は、その方法で捕縛した敵を自白させたイビキの部下だ。彼らをこの任務に選んだのは偶然とは思えない、綱手様の人選には舌を巻く。
「雲海はさ、なんでこのチームに入ってんの?」
「さあて、暇だったからじゃないかな。」
飄々としたこいつ、もしかしたら最大の隠し玉じゃないのか。
「それより潜入についてが問題だろ。」
ごまかされた気もするが、確かにそれが難問だ。
「あの、以前は鳥飼も受付に入ってたので知ってますが、その付近には火の国からの依頼で年に数回見回りがあるんです。」
な、とイルカ先生が鳥海に同意を求めた。
「ああそうか、あったな。隠密でと火の国の侍に扮して領地を回ってた。」
定例化しているその任務は、火の国の領地が広大だから侍の脚では入れないような辺境の地を、代わりに訪れて権威を誇示するものらしい。
山が連なるあの村のようなところは、鍛えてはいても屈強なだけの一般人の侍では日にちが掛かるし、山賊に襲われないとも限らないという理由だ。
山賊位は侍でも返り討ちにできる筈だけどと聞けば、めんどくさいからですよとイルカ先生は苦笑いした。金で解決できればと漏らした依頼の者に、忍びを格下に見ていると憤慨したのは今は亡き三代目だそうだ。
それでも平和な任務で金蔓は札束を惜しげもなく積んでくれるから、鼻で笑いながら依頼を受け続けていると鳥飼が口元に人差し指を立てながらちろりと内情を晒した。イルカ先生は平然と聞かない振りだ。
内勤者の実力は、見えないところで存分に発揮されていたのだ。煮魚定食を食べたあの店での外回りの奴らの態度は、だからイルカ先生に怯えたように見えたのかと、思い返せばオレの背筋を伸ばすには充分すぎた。
こんな時に不謹慎かもしれないが、イルカ先生の印象がどんどん変わるのが面白い。
「前回は俺も侍の格好をして、村とは逆の南を回りましたけどね。偉そうにふんぞり返って何事もないかぁとか、案外楽しいものでした。」
「そういう手があったか。あの村にはいつ行ってる?」
雲海がにやりと笑った。侍の姿になりたいんだろうな。ガタイがいいから役人の姿が似合いそうだし。
「幾つかの組で全国を同時期に回るので、…四ヶ月前でしたか。」
「よっしゃ決まった、それでいこう。」
ぽんと膝を叩いて立ち上がった雲海はやっぱり楽しんでるな。
「ちょっと待って、あんた。」
雲海を制しながら、申し訳ない気持ちで貸家に目を向ける。
「解っています。変化してもチャクラが漏れないとは限りませんし、変装なら尚の事。顔を会わせていないのは、と消去法で残った二人ですね。」
「そう。雲海、梅木と会って話した事は一度もないよね。それと梅木が結界の中で何をするか解らないんだからね。」
「おれは大きな隊には入らねえから梅木なんて知らんよ、隊長殿。」
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