2、こころに名前がついたんだ

あの、とイルカは談笑する暗部の隊長副隊長に声を掛けた。
「実際のところ、俺は此処で役に立っているんですか。」
形振り構わず任務をこなしてきたが慣れるに従い見えてきた、自分の置かれている立場。
あー…と言い淀む二人は、困った顔で各々明後日の方を見た。解っていたがやっぱりなあ、とイルカの胸は痛む。
居たたたまれぬ空気を読んで、隅でいかがわしい本を読んでいたカカシが顔を上げ代わりに答えた。
「これ迄は慣らしだよ。イルカ先生はオレの犬並みに耳がいいから、此処には必要なんだ。」
眉を寄せたままのイルカがカカシを振り返った。
「俺は犬扱いですか…。」
「だってあんたはオレの犬笛が聞こえるでしょ。犬達と同じタイミングで駆け付けてくる。」
「ええ聞こえますけど、それが何か。」
質問と関係あるのかとイルカは小首を傾げる。
「いや凄いことなんだけどね、知らないの?」
「何を。」
「犬笛の音域が殆どの人間には感知されない部分だって。」
ええ知ってはいます、と頷くイルカにカカシがヘアブラシを片手に近付いてくる。
「音の里ではそれを合図や武器に使うんだよ。」
だから何だと唇を尖らせながら、イルカは髪を解いてカカシに頭を差し出した。今日も花を着けるのかと、カカシが口にくわえた大輪の白い薔薇に落ち込みそうだ。
花が散ったらお仕置きだよ、と前回はカスミソウの花輪を被せられ、落とした結果がディープキスだったからだ。
ファーストキスだったのにい。と半泣きのイルカに、それは良かったとイルカのせいで傷を負ったというのに、カカシの機嫌がぐんと向上したのが謎だったけれど。
「で、俺は役に立つんですか。」
平静を装いながらカカシに尋ねる。
「勿論。これから音を潰しに掛かるから長期戦を覚悟してね。あんたの耳が無いと困るんだよ。」
「俺の耳が。じゃあそれが終われば俺は必要無くなるんですね、此処にも…。」
「そうね、此処はあんたが居てはいけない所…だと思うよ。」
「そうですか。」
カカシが要らないと言うならもう自分は必要では無いのだろう。どうせ役立たずだ、三代目は俺を買い被っていただけだ。
「泣かないの。まだまだ一緒に居るんだから、先の事は考えないで。」
泣いてなんかない、ただ髪を引っ張られて痛いだけだ。
何で目が潤むのか、イルカは解らないけれど。ぐすんと鼻を啜って笑ってみせる。
「はは、生きていられれば儲けもんの世界で甘すぎますからね、俺は。」
「いや、死ぬわけないって前提が凄い事だよ。実際あんたは死なないでしょ。」
「当たり前です。俺の他に誰が貴方の面倒みるんですか。」
「んー、確かに。」
じゃあ前言撤回、ずっとオレの隣に居て。
椅子に座っていなければ膝が崩れ落ちただろう。イルカは今度は嬉しくて涙を溢れさせた。
「あーカカシが泣かせたぁ。」
「イルカが口説き落とされたぞぉ。」
わやわやと集まってくる仲間達が良かったなあとイルカの頭をぐりぐり撫でて、汚れる触るなとカカシがヘアブラシを振り回して彼らを散らす。
「やだーカカシったら私達に靡かないわけよ、イルカちゃんとっても可愛いもんねー。」
遠くから暗部では数少ない女性が、からかうように祝福の言葉を投げ掛ける。まだ事態を飲み込めないイルカは、少しだけ晒された右目の周囲が赤いカカシを見詰めた。
「ま、そんなわけだ。イルカには任務以外のカカシの世話も頼むわ。」
「さっきのお前の問いに答えられなかったのは、このままカカシに縛るのも可哀想かなって話してたからなんだよ。」
あーすっきりしたと打って変わった隊長達の満面の笑みに、まだ解らないイルカはきょとんとしていた。
「お前が納得してカカシとくっついたんなら万々歳だな。」

その言葉でやっとイルカは自覚したのだった。
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