その男、六代目火影のはたけカカシは悩んでいた。
大きな執務机の真ん中に置かれた一枚の手紙。手紙というよりは要請書、いやそれより命令に近い重要案件。
「行くのかねえ。」
呟きの後、腕を組み沈黙する。
暫くしてノックとともに、うみのイルカが入室した。
「ご用は何ですか。」
挨拶もすっ飛ばしてカカシの前に立つ。忙しいから早く済ませたい、と全身から苛立ちが滲み出て思わずカカシは謝罪の言葉を口にした。
「…すみません。」
以前上忍師を務めていた頃はよく遅刻して、部下の元担任のイルカに容赦なく怒られていたからだ。ついでに成人向けの本を子供達の前で広げるな、とも毎日のように言われていた。
「あ、いや、六代目にあたるつもりじゃないんですが…。」
イルカは恥ずかしそうに、伝達網が機能していないから色々滞っているのだと言い訳をした。
カカシが火影に就任してまだふた月に満たない。五代目綱手の引退とともに内部の古参も揃って引退してしまい、引き継ぎはしたもののあちらこちらでミスが出ているのだとイルカは凝った首を鳴らした。
「それ、少しこっちに回せない? オレにもできる事があるでしょ?」
疲労の見える顔を覗き込んだカカシに、イルカは精一杯の笑顔を見せた。
「六代目には、これ以上の仕事は渡せません。」
「そうやって全部イルカ先生がしょい込むのに?」
自分が火影となって一線を引かれ、カカシは寂しいと思っていた。
イルカと知り合って何年もたつ。
木ノ葉崩しから第四次忍界大戦までの、修羅場を二人ともどうにか生きて潜り抜けてきた。平和だったその合間には、食事や酒に行った事だって何度もある。
カカシが誘えば一度もイルカは断らなかった。イルカの隣は居心地がよくて、酔う度にそれを強調していたせいかもしれないが。
そうしていつの間にか、本当にいつの間にか、カカシはイルカを恋愛対象として見るようになっていた。そしてイルカもカカシを同じように、とは言わないまでも憎からず思ってくれていると。
だが今はどうだ。イルカはカカシに対して砕けた態度に見え、仲がいいなとよく言われるが。
この部屋だけの関係だ。イルカは付け入る隙を与えない。
返事に詰まったイルカに、やはり自分から引き受けたかと溜め息が出る。
「ま、それは置いといて。これを見て下さい。」
カカシがすっと押しやったそれを読んだイルカも、はぁと溜め息をついた。
「火の国の大名の方々へは、まだご挨拶に行かれてなかったんでしたっけ。」
「就任式に代理の者が来たから、それでいいと思ってたのは不味かったんですね。里の体制が変わった事などを記した書状を、三日前にアオバに持たせたんですけど…。」
「納得しなかったんですよね。」
言い淀む語尾を引き取ったイルカが、眉を寄せ苦々しく笑った。
五代目の時には里を出て放浪した身でましてや女だ、と難癖を付け綱手を認めない為に三回は出向いたとイルカは説明した。
あちらとしては、自分達の立場が上だと知らしめたいだけだ。忍びの隠れ里の中でも一番強大な木ノ葉の里を、火の国は好きなようにできると言いたいだけだ。
「六代目も穏便に。」
イルカは笑う。
カカシもその意を汲んで笑う。
木ノ葉の里がその気になれば火の国は簡単に、跡形もなく消えてしまうのだから。
「イルカ先生が一番過激じゃないの。」
「いえいえ、俺は穏健派ですよ。ところで、なんで俺もご一緒しなければならないのでしょうか?」
「これとは別に、アオバから連絡が来ています。自分では判断ができなくて、印を押せないのだそうですよ。」
んん、とイルカは首を捻り心当たりを一つずつ口に出していった。火影の代変わりならば確かに火の国とは新たに締結し直さなければならないと、忘れていた事を素直に謝罪する。
「え、そんな事まで。」
とカカシに言わせるような、三代目から引き継ぐ機密をイルカは任せられていた。本人は誰でもできるとは言うが、イルカの才覚だとカカシは今更ながら改めて認識したのだった。
「俺は明日にでも発てますね。カ、…六代目は三日後でなければ身体が空かないので、そう伝えておきます。」
「そんなに仕事が詰まってるの? 先生は先に行かなきゃ駄目?」
思わず本音が出てしまった。もしかしたら往復の間ずっと一緒にすごせるかもしれない、と浅ましい考えだ。だがイルカは下心に気付かないので、ほっと胸を撫で下ろす。
「六代目なしにはできない会議ばかりですからね。あっちが揉めてるなら、早く行かないとアオバさんが可哀想です。」
イルカは大判の手帳を広げ、カカシの予定をずらせるかと暫しの考慮の後にそう言い切った。
「そう。じゃあそれでお願いします。」
一人で行かせるのは心配だ、とは言えなかった。
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