11

どことなくぎこちないイルカが気になり、まともに話を聞いてはいなかった。幸が歩み出た事に気付かなかったカカシは、口布の上から平手打ちを食らって初めてその存在に気が付いた。
自分の肩にも届かない小柄な幸が、泣きべそをかきながら詰め寄ってくる。
「うみの様は私が何をするつもりだったのか、部屋に入られてすぐに気付かれました。」
カカシは打たれた頬に手を当て、眉をしかめて幸を見詰め続けた。
「不思議な事に、私とうみの様はお互いの考えが解りました。頭の中を覗くのではなく、会話をする状態に近いと思います。」
カカシがイルカを見れば、ふいと目を逸らして俯いた。やはり顔が赤い。
「通じ合った…って事?」
こくりと頷いた幸が、薄く笑った。
「うみの様と、心の会話をしたのです。」
イルカは周囲を調査した際に、ある程度の情報を得ていた。悪気に取り込まれた者が数名いたと聞き、直接話を聞いた。
気がふれて戻らない者は、ただ一人で相手を殺そうとまで思い詰めていたらしい。運良く悪気を祓えた者はそれなりに強靭な精神の持ち主で、また愛する者が懸命に引き戻そうと働き掛けた為に今ここにいるのだと二人で寄り添い笑っていた。
他の者も想いが強ければ助かり、その後悪気は二度と取り憑く事もないようだった。
だから幸が祈祷と信じていた呪術を見た瞬間に、自分を悪気に取り込ませて幸を守ろうとしたのだ。
ちょうどいい、怒りと悲しみが満ちている自分に向かえと。忍びの自分ならば死にはしない、なんとかなると。
「…自分も取り込まれるだろうという、予感はありました。」
ぼそりとイルカが溢した。
「何故、そう思ったの。」
「私も、黒い思いを抱えていましたから。」
「それは…何?」
暫し待ったが、口を固く閉じて答えようとしないイルカに焦れる。カカシはしゃがみ込んで、顎を掴むと無理矢理目を合わせた。
「任務でしょ、火影には話してくれないと。」
頼られなかった、信用されていないのが悔しい。思わず詰め寄ってしまう。
「私の、問題です。」
苦しそうに答えるイルカを庇い、幸はカカシの腕にしがみついて離せと叫んだ。
「聞いて下さい!」
「あんたには関係ない。」
震え上がるようなカカシの低く冷たい声にも、幸は負けなかった。
「火影様、うみの様は私を守って下さいました。こんな事を思う自分が嫌だと嘆きながら、悪気を留めておく為にお気持ちを吐露なさいました。」
「お嬢さん、」
「教えて。」
イルカを遮り、幸に先を話せと促すカカシはあくまで冷静だ。
「私ではうみの様をお助けする事ができなかっただけです。結果として火影様の純粋なお心が、悪気を浄化なさったから良かったですけど。」
ふんと顎を突き上げ、幸はカカシを馬鹿にしたように笑った。
「大体火影様が意気地なしだから、うみの様はここまで悩んでらしたんじゃないですか。」
え、とカカシがイルカを見ればイルカも同じように呆けてカカシを見ていた。
「ああもう、私は失恋したんですってば!」
なんで解らないのと地団駄を踏み、朝食に遅れるなと言い捨てて幸は部屋を出ていった。
残された二人はただ見詰め合い、やがて城下の時刻を告げる鐘の音に我に返って一気に頬を染めた。
「あ、俺、お腹が空きましたっ。」
逃げ出そうとするイルカの腕を取り、カカシは自分の方へと引寄せ腕に囲った。
「あんな可愛い子を振って、後悔しませんか。」
「お嬢さんは生まれた時から知ってますから、妹にしか思えません。」
カカシをちらりと見てその肩に顔を伏せたイルカが、震える手で服に縋る。
「カカシさんこそ、俺なんかじゃ…。」
イルカが言い淀む理由は、充分すぎる程理解している。けれどそれは、カカシには理由にならない。
「あーそんな事言わないで。イルカ先生を諦められてたら、オレはとうに結婚して子供が三人はいるような道を進んでた。」
びくりとイルカの身体が跳ねた。
馬鹿だね、ときつく抱き締め頭を撫でる。諦めきれなかったからこうして独身で、何年一人寝してたんだかと自嘲気味にカカシは笑った。
「さ、お腹が空いたんでしょ。行きましょう。」
カカシはさりげなくイルカの手を取り、指を絡めて一歩先を歩きだした。恥ずかしくて、顔を見ていられないからだ。
イルカは何年も近くにいて初めて手を握られたなあ、と絡む指を見ながら歩いた。はっと気が付き、立ち止まる。なんでこんな繋ぎ方をするんだ、と思った途端に顔が熱くなった。
「どうしたの?」
「手を、離して下さい。そろそろ人が…。」
ああそうだね、とカカシはあっさり手を離した。
「ねえ、どうしてあの子と心の会話とかいうものができたの?」
幸の言葉を借りてイルカに尋ねた。今更だが嫉妬はまだ燻る。
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