12

「何を、唐突に。」
思いがけず強い口調にイルカはたじろぎ、カカシの顔から目を逸らせた。
「すみません。でもオレは知りたいんです、オレ個人として。」
廊下の壁にイルカの背を押し付け、鼻を突き合わせるようにして目の中を覗く。そうして自分も、イルカと通じ合う事ができないかとカカシは願った。
左目が元の色になったとて、カカシの眼力は岩をも砕くかと思う程強いままだ。その目の力に耐えきれず、そっと顔を伏せたイルカは小さな声で語り出した。
「こちらの大名家は遥か昔より、代々中央に巫女を出しておりました。しかしもう百年以上前から男子しか生まれず、次第にその事を知る者も口に出さなくなりました。」
三代目からはイルカでさえも、何代も巫女を出していた為に大名になれたという事位しか聞いていない。今の代になって突然女児が生まれたが、長年の内に血も薄れ幸に巫女の血が受け継がれたとは家に使える古老も思い至る事はなかったのだ。
「大名様も、まさか一人娘が巫女の素質を持つとは思いもよらなかったでしょう。」
「あの娘が、巫女?」
「個人的な見解では、おそらく開眼したと見ています。」
カカシは目を見開いたまま絶句し、やがておそるおそる口を開いた。
「…先生には、解るの?」
まさか、と笑んで首を横に振る。
「おそらく、ですよ。今では確認する方法はないと思います。代々巫女である母親が、生まれた子をそれと認めて修行を課していたらしいのですから。」
幸の母はとうに亡く、その母も幸が巫女だと解る筈もない平凡な血筋だった。
「この先どうするの。」
「お嬢さんが決める事です。しかしお一人で巫女として生きるのは、大変困難だと思います。」
「なら、先生が支えればいい。先生にはできる…からね…。」
俯いたカカシが振り絞った声は、イルカの足元に頼りなく落ちていく。
「貴方はそれでいいと?」
震える声に顔を上げる。聞き返したイルカの黒い瞳は潤み、睫毛に小さな粒が溜まっていた。思わず手を伸ばしぎゅうと抱き締めたイルカの髪に鼻先を埋めて、嫌だ嫌だとカカシは繰り返した。
「俺はね、カカシさんを支えたいんです。」
背中に回した手が、皺を作る程きつくカカシの服を掴んだ。とうに決意はしていた、何があろうと黙ってカカシを陰から支えると。
「本当に、あの子はいいの?」
「…俺がここに残って、里には二度と帰らない方がいいんですか。」
「冗談じゃない!」
激昂一歩手前のカカシの背を叩き、イルカは歯を見せて笑った。
「私は六代目火影様の為に、必ずお側におりますよ。」
だから、とイルカはカカシの肩を掴みまっすぐに立たせて目を見詰めた。
「先に貴方は、ご自分のなすべき事を終えるのです。」
「終わったら、イチャイチャしてくれる?」
艶かしい視線に、イルカは首まで赤くなる。
だがそこへ屋敷で働く者達が朝食を携え通りかかり、慌てたイルカはカカシに背を向け彼らに挨拶をした。会話をしながら一緒に歩き出そうとしたが、振り返れば邪魔をされて返事の聞けなかったカカシは憮然としながら佇んでいた。
イルカは一瞬躊躇したが、カカシの手を取り強く握るとそのまま引いて歩きだした。
「…考えておきます。」
ただ交互に足を出しながらぼうっと歩いていたカカシは、恥ずかしそうなイルカの小声を拾って瞠目した。それから目尻に皺が寄る程嬉しそうに微笑むと、さっきのように指を絡めて手を握り直した。

ゆうべからの一大事を知らない大名は、イルカの顔を見て任務から帰ってきたのだと思い大袈裟に労う。幸は少し表情が固いが、二人を見て微笑んでくれた。
またカカシが巻物に向かい数時間没頭すると、慣れてきた処理の速度は格段に上がった。読み終わり、判を押した巻物が次々と山を作る。
「カカシさん、少し宜しいですか。」
カカシが名前を呼んでと哀れな顔を作ったら、イルカは溜め息をつきながら承諾した。しかしその耳は赤く気持ちに正直で、隠そうとしたイルカ自身を裏切る。
「決めたの?」
カカシは肩をほぐしながら、イルカの後ろに座る幸に問い掛けた。
「はい。」
まっすぐカカシを見た幸は、晴れやかに笑った。
「巫女として生きるつもりはありません。私はお父様の後を継ぎ、この家を守る決意を固めました。」
可愛らしい見た目と違い、幼少から民の上に立ち統べる為の教育を受けてきた幸だった。娘の資質を見抜いた大名に頼まれて、火の国を訪れる度にイルカも外交の作法を教えていたのだ。
しかし幸の決意は、やがていつか婿を取るという事を意味する。跡継ぎを作らなければならない。
「私は誰よりも魅力的ですもの、うみの様より素晴らしい方を見付ける自信はありますわ。」
私を振った事を後悔させてみる、と笑う。
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