首に回された腕の冷たさに思わずカカシはイルカの身体を抱き締め、良かったと唇だけを動かした。そのまま離せずにいれば、冷えていたイルカの身体も温まり徐々に顔色が戻ってきた。
「ありがとうございます、もう…大丈夫です。」
その声に我に返り名残惜しくもイルカを畳に下ろすと、ふっと空気が軽くなり悪気はどこにも見えなくなっていた。
「消え…た?」
カカシが唖然としてイルカを見る。カカシの驚きように、イルカはにこりと笑い返して頷いた。
「はい。多分、浄化されたんだと思います。」
「浄化?」
「あれは負の気持ちの塊でした。ご存知でしたよね。」
うんと一応頷きはしたが、カカシには悪気が消滅した理由は理解できていない。ただイルカが無事ならばいいと、気が抜け思考が働かないのだ。
そうだ、と歩き出そうとしたイルカは倦怠感を我慢できずによろめいて膝を着いた。慌てて手を出すカカシを押し留める。
「それより、結界をといてお嬢さんを呼んで下さい。」
今更あの娘に何を言うのかと嫌悪の表情を見せたカカシに、早くとイルカは背中を叩いて催促した。
よろよろと座敷に入った幸はイルカの笑顔を見て、ごめんなさいと顔を伏せてまた泣き出した。向き合ったイルカは黙ったまま、幸の両手を慈しむように大きな手で包み込む。その様子にカカシは、膨れ上がる嫉妬を抑えて立ち上がり背を向けた。
だがイルカは構わず、二人に向けて話し出した。
「色々な事で長い間苦しむ人々が、自分の不幸は相手のせいだと思い込むようになりました。そして不幸が相手に移るように、と祠に願うようになっていたんですね。」
誰が仕掛けたか、石の祠の閉じられた扉の中には仏像ではなくよその国の邪神が入っていた。人々が何気なく足を止め、負の気持ちを祠に向かって吐き出すように仕組まれていた。
イルカはこっそり悪気の元を探りに、城下町を歩いていたのだ。幸を伴えば、誰にも怪しまれる事はない。
「カカシさん、ほったらかしですみませんでした。」
祭壇をぼんやり眺めていたカカシの後ろで、イルカが手を着き頭を下げた。振り返ったカカシは溜め息をつき、頭を掻いてぎこちない笑顔を見せた。
「綱手様が、貴方に命令しましたか。」
イルカは痛いところを突かれたと心中で舌打ちをしたが、カカシには敵わないと観念して肩の力を抜いた。
「まあ俺…私が六代目に付いて来ると解って、依頼がこちらの家老様からありましたもので。」
「でもさ、オレに黙ってなくてもいいでしょうに。」
「…お仕事の邪魔を、したくなかったのです。」
唇を噛んだイルカに、でもと言葉を落とす。
「一人で動いた貴方は、結果として命を落としそうになりましたよね。」
「それは! いえ、確かにそうですね…。六代目のお手を煩わせて、申し訳ありませんでした。」
言葉通りに申し訳なさそうに、身体を縮めて背を丸めるイルカを初めて見た。いつも堂々とまっすぐ人を見る姿は清々しく、こちらの背も自然に伸びていたものだ。
「ほんとにね、オレが探さなかったらどうなってたか…。」
「身に沁みてます。」
責められるイルカを見かねた幸が、二人の間に割って入った。
「火影様、うみの様を怒らないで下さい。」
イルカに寄り添い懇願されて、カカシはふいと顔を背けた。
イルカはそんなカカシを困ったように眉を下げて見詰め、腕にしがみつく幸の手を外すと静かに言った。
「お嬢さん、この件は忍びとして私が悪かったのですよ。」
隙を作ってしまった。だから自分も悪気に取り込まれた。
「私は六代目から帰れと怒鳴られて、部屋から出て何も考えられずにただ歩き続けていたら…いつの間にかここに来ていました。」
すんと鼻を啜る音に目を戻したカカシは、イルカの目に溜まる涙を見付けて思わず胸に手を当て狼狽える。あれは私情をぶつけただけだ。けれど、それを打ち明けて良いものか。
「…それについては、後で言い訳させて下さい。」
幸のいる場では言えないと俯いた。
けれどその幸が、笑って二人を交互に見た。
「うみの様が仰った、浄化されたという事ですが。」
「お嬢さん、言わないで下さい。」
片手で口元を隠すイルカの顔が、薄く朱を帯び始めた。
「火影様が常にご自分を犠牲になさっている、とうみの様は心配されてました。時計を見て根を詰めていないか、夕方には冷えてきたから熱いお茶を出してこようか、と私の話にはまるきり上の空でした。」
カカシは訝しげな顔を見せたまま、幸の話に聞き入っていた。
「昨日ここへうみの様がいらして、火影様からお叱りを受けたので帰る事になったと真っ青なお顔で私にお話し下さいました。そして、なんで他の人を呼ぶんだと大声を出されたのです。」
カカシさんの側にいたいのに。
「ありがとうございます、もう…大丈夫です。」
その声に我に返り名残惜しくもイルカを畳に下ろすと、ふっと空気が軽くなり悪気はどこにも見えなくなっていた。
「消え…た?」
カカシが唖然としてイルカを見る。カカシの驚きように、イルカはにこりと笑い返して頷いた。
「はい。多分、浄化されたんだと思います。」
「浄化?」
「あれは負の気持ちの塊でした。ご存知でしたよね。」
うんと一応頷きはしたが、カカシには悪気が消滅した理由は理解できていない。ただイルカが無事ならばいいと、気が抜け思考が働かないのだ。
そうだ、と歩き出そうとしたイルカは倦怠感を我慢できずによろめいて膝を着いた。慌てて手を出すカカシを押し留める。
「それより、結界をといてお嬢さんを呼んで下さい。」
今更あの娘に何を言うのかと嫌悪の表情を見せたカカシに、早くとイルカは背中を叩いて催促した。
よろよろと座敷に入った幸はイルカの笑顔を見て、ごめんなさいと顔を伏せてまた泣き出した。向き合ったイルカは黙ったまま、幸の両手を慈しむように大きな手で包み込む。その様子にカカシは、膨れ上がる嫉妬を抑えて立ち上がり背を向けた。
だがイルカは構わず、二人に向けて話し出した。
「色々な事で長い間苦しむ人々が、自分の不幸は相手のせいだと思い込むようになりました。そして不幸が相手に移るように、と祠に願うようになっていたんですね。」
誰が仕掛けたか、石の祠の閉じられた扉の中には仏像ではなくよその国の邪神が入っていた。人々が何気なく足を止め、負の気持ちを祠に向かって吐き出すように仕組まれていた。
イルカはこっそり悪気の元を探りに、城下町を歩いていたのだ。幸を伴えば、誰にも怪しまれる事はない。
「カカシさん、ほったらかしですみませんでした。」
祭壇をぼんやり眺めていたカカシの後ろで、イルカが手を着き頭を下げた。振り返ったカカシは溜め息をつき、頭を掻いてぎこちない笑顔を見せた。
「綱手様が、貴方に命令しましたか。」
イルカは痛いところを突かれたと心中で舌打ちをしたが、カカシには敵わないと観念して肩の力を抜いた。
「まあ俺…私が六代目に付いて来ると解って、依頼がこちらの家老様からありましたもので。」
「でもさ、オレに黙ってなくてもいいでしょうに。」
「…お仕事の邪魔を、したくなかったのです。」
唇を噛んだイルカに、でもと言葉を落とす。
「一人で動いた貴方は、結果として命を落としそうになりましたよね。」
「それは! いえ、確かにそうですね…。六代目のお手を煩わせて、申し訳ありませんでした。」
言葉通りに申し訳なさそうに、身体を縮めて背を丸めるイルカを初めて見た。いつも堂々とまっすぐ人を見る姿は清々しく、こちらの背も自然に伸びていたものだ。
「ほんとにね、オレが探さなかったらどうなってたか…。」
「身に沁みてます。」
責められるイルカを見かねた幸が、二人の間に割って入った。
「火影様、うみの様を怒らないで下さい。」
イルカに寄り添い懇願されて、カカシはふいと顔を背けた。
イルカはそんなカカシを困ったように眉を下げて見詰め、腕にしがみつく幸の手を外すと静かに言った。
「お嬢さん、この件は忍びとして私が悪かったのですよ。」
隙を作ってしまった。だから自分も悪気に取り込まれた。
「私は六代目から帰れと怒鳴られて、部屋から出て何も考えられずにただ歩き続けていたら…いつの間にかここに来ていました。」
すんと鼻を啜る音に目を戻したカカシは、イルカの目に溜まる涙を見付けて思わず胸に手を当て狼狽える。あれは私情をぶつけただけだ。けれど、それを打ち明けて良いものか。
「…それについては、後で言い訳させて下さい。」
幸のいる場では言えないと俯いた。
けれどその幸が、笑って二人を交互に見た。
「うみの様が仰った、浄化されたという事ですが。」
「お嬢さん、言わないで下さい。」
片手で口元を隠すイルカの顔が、薄く朱を帯び始めた。
「火影様が常にご自分を犠牲になさっている、とうみの様は心配されてました。時計を見て根を詰めていないか、夕方には冷えてきたから熱いお茶を出してこようか、と私の話にはまるきり上の空でした。」
カカシは訝しげな顔を見せたまま、幸の話に聞き入っていた。
「昨日ここへうみの様がいらして、火影様からお叱りを受けたので帰る事になったと真っ青なお顔で私にお話し下さいました。そして、なんで他の人を呼ぶんだと大声を出されたのです。」
カカシさんの側にいたいのに。
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