「嘘よ、うみの様が死ぬわけないわ。」
髪を振り乱して否定する幸の動揺から、イルカが死ぬ可能性を考えていなかったと解る。
イルカが側に欲しいだけの短絡的な行動で、その当人を危険な目に合わせているのだ。カカシはそれでも、酷い言葉を吐かないようにと自分に言い聞かせて幸の前に膝を着いた。
「あんたは、イルカをどうしたいの?」
涙を溜めた目が見開かれた。
「オレはね…イルカが生きていてくれればいいんだ。」
幸を見る目は哀しみに溢れている。膝の上に置かれた拳が、静かな憤りに震えていた。
「ああ違うね、オレが死んでもイルカを助けて生かしたい。」
幸の口から、ひいと声が漏れた。
「火影様が、死んでしまったら…木ノ葉の里は。」
「火影だって一人の人間だからね、好きな人に命を掛けてもおかしくないでしょ。それ以前に、イルカは大事な大事な同胞だよ。」
暫く沈黙が続いた。カカシは時間がないと焦る気持ちを押し留め、幸が話し出すのを待っていた。
「うみの様が死んじゃうなんて嫌よ、そんなの嫌よ。」
両手で顔を覆い嗚咽を漏らしながら、幸は嫌よと何度も繰り返した。自分の命を掛けて、と言い切ったカカシの言葉で漸く現実を認識したようだ。
「じゃあ、教えてくれ。どうしてこうなった。」
カカシは幸と対面しながら、後方の祭壇にも気を配る。イルカの気配が波のように、細くなって戻ってと繰り返しているのは良くない予兆だ。
「ここは、お祈りの部屋だって聞いていました。ずっと使われてなかったけど、お祈りの仕方は本に書いてあったから…。」
「やってみた?」
片腕を目に押し当てたまま、こくりと幸は頷いた。
「うみの様が帰りたくないと思うように、念じたのです。」
カカシは項垂れて首の後ろを揉んだ。精神的な疲労か、頭への血の巡りが悪いような気がする。どうすればいいのかと、そこまで辿り着きそうにない。
「そんなに帰したくなかったの。」
はい、と頷き掠れた声で断言されてはカカシもやるせない。
「昨日の夕方うみの様がこちらにいらして…途端に黒い煙のようなものが、部屋中ぐるぐる渦を巻いて。…私は気を失っていたようでした。」
ごしごしと目を擦った袖の間から、幸はそっとカカシを覗き見た。カカシは強張った頬を無理矢理ほぐし、それでと優しく促す。
「私が起きてみますと、うみの様はそこで眠ってらっしゃいました。」
指をさした先は棺にしか見えない祭壇の一部。敷き詰められた布団のような厚手の布の、寝心地は良さそうだがどうしても生け贄用にしか思えない。
「お疲れなのでしょう、ひと晩お休みになれば起きて下さると思っておりました。でも今朝は、近寄る事もできないのです。」
頭を抱えたくなる事態に、カカシは怒りを幸に向ける事すら諦めた。
まじないだと信じて試してみれば、それは呪術だった。幸に非はないと言えるだろう、が。
「イルカに、ここに残る気があるかって聞いてもみなかったんだね。」
「だっていつも、またねって仰るんですもの。今回も―」
声が途切れた一瞬後、きゃあと叫びが上がり幸が四つん這いで外に続く襖へと手を伸ばした。振り向いたカカシは、イルカの身体を包むように立ち上る黒い煙を見た。
祠から出ていった悪気の塊だろう。カカシはゆっくりと立ち上がり、周囲を窺いながらイルカの元へ一歩ずつ進む。
淀んだ部屋の空気が、悪気が膨らみ次第に重くなってきた。幸はどうしたかと襖の方を気にすると、開け放された襖の向こうに全身が出たところだった。
「遮断。」
カカシが片手を頭上に伸ばし、天井の四隅に結界札を投げた。
写輪眼のある頃なら死にたがり、チャクラも気にせず派手な術を乱発したものだ。今は自分の命を大事にし、確実性を取る戦法だ。里の為にという大義名分は、イルカの為にという本音を包み込んで。
結界が部屋の中を壁沿いに包み、膨れ上がった悪気は寸前で外に漏れずに済んだ。
カカシは攻撃されるかと構えていたが、悪気に向かってくる様子がなく肩透かしを食わされた。だが安心はできないと焦り、無理にでも奪おうとイルカへ手を伸ばす。カカシを渦巻く悪気は全く邪魔しなかった。
急いでぐいとイルカの身体を引き寄せ、胸に抱けばとくとくと生きている証が伝わった。
「良かった。イルカがいなきゃ、オレが一人で生きてたって意味はない。」
頬を合わせ体温を確かめると張り詰めていた心が溶け出し、安堵にカカシの目からは涙が零れた。その涙が顔に落ちると、イルカが僅かに身じろぎした。
「…カカシ…さ…ん?」
とろんと寝起きのような目をしばたたかせ、イルカがふんわりと笑う。
「来てくれると、信じてました。」
まだ力の入らない身体をやっとの思いで起こし、カカシの首に腕を回した。
髪を振り乱して否定する幸の動揺から、イルカが死ぬ可能性を考えていなかったと解る。
イルカが側に欲しいだけの短絡的な行動で、その当人を危険な目に合わせているのだ。カカシはそれでも、酷い言葉を吐かないようにと自分に言い聞かせて幸の前に膝を着いた。
「あんたは、イルカをどうしたいの?」
涙を溜めた目が見開かれた。
「オレはね…イルカが生きていてくれればいいんだ。」
幸を見る目は哀しみに溢れている。膝の上に置かれた拳が、静かな憤りに震えていた。
「ああ違うね、オレが死んでもイルカを助けて生かしたい。」
幸の口から、ひいと声が漏れた。
「火影様が、死んでしまったら…木ノ葉の里は。」
「火影だって一人の人間だからね、好きな人に命を掛けてもおかしくないでしょ。それ以前に、イルカは大事な大事な同胞だよ。」
暫く沈黙が続いた。カカシは時間がないと焦る気持ちを押し留め、幸が話し出すのを待っていた。
「うみの様が死んじゃうなんて嫌よ、そんなの嫌よ。」
両手で顔を覆い嗚咽を漏らしながら、幸は嫌よと何度も繰り返した。自分の命を掛けて、と言い切ったカカシの言葉で漸く現実を認識したようだ。
「じゃあ、教えてくれ。どうしてこうなった。」
カカシは幸と対面しながら、後方の祭壇にも気を配る。イルカの気配が波のように、細くなって戻ってと繰り返しているのは良くない予兆だ。
「ここは、お祈りの部屋だって聞いていました。ずっと使われてなかったけど、お祈りの仕方は本に書いてあったから…。」
「やってみた?」
片腕を目に押し当てたまま、こくりと幸は頷いた。
「うみの様が帰りたくないと思うように、念じたのです。」
カカシは項垂れて首の後ろを揉んだ。精神的な疲労か、頭への血の巡りが悪いような気がする。どうすればいいのかと、そこまで辿り着きそうにない。
「そんなに帰したくなかったの。」
はい、と頷き掠れた声で断言されてはカカシもやるせない。
「昨日の夕方うみの様がこちらにいらして…途端に黒い煙のようなものが、部屋中ぐるぐる渦を巻いて。…私は気を失っていたようでした。」
ごしごしと目を擦った袖の間から、幸はそっとカカシを覗き見た。カカシは強張った頬を無理矢理ほぐし、それでと優しく促す。
「私が起きてみますと、うみの様はそこで眠ってらっしゃいました。」
指をさした先は棺にしか見えない祭壇の一部。敷き詰められた布団のような厚手の布の、寝心地は良さそうだがどうしても生け贄用にしか思えない。
「お疲れなのでしょう、ひと晩お休みになれば起きて下さると思っておりました。でも今朝は、近寄る事もできないのです。」
頭を抱えたくなる事態に、カカシは怒りを幸に向ける事すら諦めた。
まじないだと信じて試してみれば、それは呪術だった。幸に非はないと言えるだろう、が。
「イルカに、ここに残る気があるかって聞いてもみなかったんだね。」
「だっていつも、またねって仰るんですもの。今回も―」
声が途切れた一瞬後、きゃあと叫びが上がり幸が四つん這いで外に続く襖へと手を伸ばした。振り向いたカカシは、イルカの身体を包むように立ち上る黒い煙を見た。
祠から出ていった悪気の塊だろう。カカシはゆっくりと立ち上がり、周囲を窺いながらイルカの元へ一歩ずつ進む。
淀んだ部屋の空気が、悪気が膨らみ次第に重くなってきた。幸はどうしたかと襖の方を気にすると、開け放された襖の向こうに全身が出たところだった。
「遮断。」
カカシが片手を頭上に伸ばし、天井の四隅に結界札を投げた。
写輪眼のある頃なら死にたがり、チャクラも気にせず派手な術を乱発したものだ。今は自分の命を大事にし、確実性を取る戦法だ。里の為にという大義名分は、イルカの為にという本音を包み込んで。
結界が部屋の中を壁沿いに包み、膨れ上がった悪気は寸前で外に漏れずに済んだ。
カカシは攻撃されるかと構えていたが、悪気に向かってくる様子がなく肩透かしを食わされた。だが安心はできないと焦り、無理にでも奪おうとイルカへ手を伸ばす。カカシを渦巻く悪気は全く邪魔しなかった。
急いでぐいとイルカの身体を引き寄せ、胸に抱けばとくとくと生きている証が伝わった。
「良かった。イルカがいなきゃ、オレが一人で生きてたって意味はない。」
頬を合わせ体温を確かめると張り詰めていた心が溶け出し、安堵にカカシの目からは涙が零れた。その涙が顔に落ちると、イルカが僅かに身じろぎした。
「…カカシ…さ…ん?」
とろんと寝起きのような目をしばたたかせ、イルカがふんわりと笑う。
「来てくれると、信じてました。」
まだ力の入らない身体をやっとの思いで起こし、カカシの首に腕を回した。
スポンサードリンク