9

9 カカシ
何だかギクシャクしたまま酒を飲み出した。
さっきはいい雰囲気になりかけたのに、何が悪かったんだよ。…あれか、四角い筈の菜切り包丁を研ぎすぎて細長い刺身包丁にした事か(研ぎ出したらつい夢中に)。
…いやせっかくイルカ先生が買ってきた惣菜を、揚げ物は飽きたと言ってしまった事か。料亭のコースなんて必ず嫌いな天麩羅がつくから、油の衣は匂いも重くてつい口から出てしまったが(先生がいないと毎日食事のお世話になるから文句はいえないけどね)。うんそうだ、それしかない。
「この、」
「何ですかっ。」
ひええ怖い、地を這うようなどす黒いチャクラが足元に漂って涼しい、てか寒い。
「あ、コロッケが美味しい、です。」
「ええ、有名な行列のできる店のですから、すっごく美味しいですよね。」
うわ、こえぇよお。泣きたくなってきたじゃん。イルカ先生がわざわざ主婦の列に並んでくれたんだって言いたいのは解るんだけど、何でそこまで怒ってるんだろう。
口を開くと自滅しそうだ、オレ黙ってよっかな。
「別に黙ってなくていいんですよ。」
え、オレまた口に出してたんだ、独り言を。
トシとるといけないねえ、と溜め息を吐くとよいしょも籠めてイルカ先生ににっこりと笑う。するとイルカ先生も、さっきとは打って変わって笑顔を返してくれた。
「カカシさん。オレはもう腹を括りましたから、公表しちゃいましょう。」
は? いやいや何いきなりそんな清々しい笑顔になんの、と先生を見つめてしまったら。
「だから、オ、オレたちの関係を皆に言ってもいいかなって…。」
「えっ、本当に?」
オレは酒のグラスを持つ手が震え出して、感動と緊張に海老反りそうだった。倒れるのを我慢すると出る変な癖なんだが、まあ柔軟で身体能力高いって事さ。
あ、ちょっと待て、今イルカ先生は何て言った。皆に公表するって言ってくれたんだよね。
「イルカ先生、オレは貴方を全身全霊掛けて守り抜きます。あのババア達から!」
いやいや違うでしょ、とイルカ先生の顔が困ったようにしかめられた。
先生曰く、仕事柄生徒の両親に気を使うのが当然だから、二人の関係をわざわざ公表するつもりはなかった。何故なら。
オレはこれでも(謙遜だぁよ)里の代表の忍びで、イルカ先生は忍びを養成する教師だ。そこそこ有名な(これも謙遜だ、立派だろ)二人が恋愛としてお付き合いしている事の影響力はいかほどか、怖すぎて知りたくないと目をつぶっていたのが本心だと。
んー、まあ二人の関係なんてあんまり知られてないけど、知ってる奴らは優しいよ。そりゃね皆面白がってふざけた事を言ってたけどね、イルカ先生を悪く言う人はいないし。
「ごめん、あの母親たちは同胞だからいいっかなぁってオレは簡単に考えちゃったんだけど、イルカ先生にはそんなに簡単じゃなかったんだね。」
オレは毎日イルカ先生といられる嬉しさに浮かれていたが、先生は飛び越えてその先を見ていたんだ。
確かに、生徒達はどう思うだろう。親たちはどう思うだろう。
「でもオレは開き直っちゃいましたし、昨日今日の反応で悲観的になる必要はないかと安心してます。」
なんて前向きな男らしさなんだ、達観したイルカ先生に後光が射して見える。そうだよ、オレも見習わなきゃ。
「ですが、アンタは今までより控えろ。」
なんで命令形?
「情報操作するんじゃねえよ、解ってんだろ。」
あ、読まれましたか。はい、そのつもりでした。イルカ先生がオレにベタ惚れで始まった、ってでっち上げるつもりだったんですが。
あ、いや、長期任務、ですか、行きたくない…です。
「ごめんなさい! オレのしつこさにイルカ先生がほだされたってきちんと言います!」
イルカ先生は優しく頭を撫でてくれた。
はい一生貴方についていきます。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。