8

8 カカシ
「…今晩は。」
玄関先でイルカ先生は突っ立った侭、動かない。オレも微妙に気まずくて、ごまかすように食卓におつまみを並べ続けた。
「先生の買った物持って来ちゃいました。いいんですよね?」
「あ、はい。出来合いの物ばかりですが、少し手を加えたらいいかなと思って…。」
イルカ先生は徐々に俯き、声を小さくしていく。勢いで来たけれどと、考えあぐねている。
とても判りやすい人だから、先手を打って助けてあげようかと思ったけれど(お互いプライドが許さない)。オレも皆に知られたくないというイルカ先生にちょっと拗ねてるし、イルカ先生はわざとオレがばらすような事をしたと思って怒ってる(半分はね…)。
「じゃあ手を加えてくださいよ、オレには分からないから。」
それでも普段通りに振る舞うオレ、偉いでしょ。
「う…あ…はい、お邪魔します。」
いつもより他人行儀なイルカ先生は、僅かにオレと距離を取り台所に立った。
相変わらず手際がいいねぇ…ああ惚れ惚れしちゃう、我慢出来ないっ!
イルカ先生の背中から腕を回し少し冷えた頬に唇を寄せると、包丁の動きが止まりその頬に熱が集まるのが判った。
途端にヒュンと風を切り、オレの前髪が数本舞い落ちた。
「危ないですよ、怪我しちゃいますってば。」
オレの言葉にちっと舌打ちが聞こえたような気がしたが、愛しい人はそんな下品な事はしない筈だ。
「包丁までこんなに研がなくてもいいんですよ。切れ過ぎるってのも良くないんですから。」
イルカ先生はピタピタとオレの頬に包丁を当ててから、電灯に翳して光をキラキラ反射させた。
こう見えても、オレは人前ではそんなこと言わないのだが、イルカ先生は何処でも盛るなと怒る。
一緒に居たいだけなんだけど、ストーカー呼ばわりだけは傷つくなぁ。イルカ先生はトラップ専門家で追尾対策はオレも敵わないんだけど(実践されたから身に染みている)。
この人は隠してるけど凄い経歴があるんだよね。実は昔一緒の任務で、国一つ無くしたんだ。オレが囮で逃げる、イルカ先生がトラップで敵を殲滅、絶対にオレに追い付かせないようにしてくれた。
大シゴトだったのにあの人ったら、涼しげな笑顔でオレをいたわって怪我を心配してくれて。自分の成果は決してひけらかさない、そんな本当の強さにオレはイチコロだったわけさ。一生を添い遂げたいと思わせたのは、イルカ先生以外にいない。
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