しまった、とカカシはきつく目を瞑り踵を返して速足で室外へと逃げた。
中忍選抜試験に自分の班の三人を推薦し、まだ早いと食って掛かってきたイルカと思わぬ口論になってしまった。
先に推薦すると話しておけばその時は喧嘩にもなろうが、お互いに納得のいくまで討論できただろう。
後悔とびっしり書かれた薄衣が、カカシを幾重にもくるんで窒息しそうだ。
謝罪をする気はない。イルカと自分では立場も見方も違うから、意見が違うのは当たり前だと思っている。売り言葉に買い言葉となってお互いに頭に血が上り、三代目や上忍師仲間達が間に入って強制的に分かたれたままな事が悔やまれるのだ。
カカシは暫く待機所で頭を冷やすと共に時間を潰し、そろそろだろうとイルカの帰宅を部屋の外で待った。
昼が長くなかなか暗くならない為に、アパートに次々と帰宅する忍び達はカカシの姿を見付けてはもれなく不審な動きをして逃げるように去っていく。
既にいさかいの詳細は知れ渡っているようで、昨日一緒に西瓜割りをした面々が誰も話し掛けてこない。いたたまれない。
帰ろうか、と俯き気味にイルカの部屋の前から離れてのそのそと階段を降りる。自分の爪先の前に誰かの爪先が見えて顔を上げれば、イルカが先を阻むように立っていた。
「カカシ先生、魚と肉のどちらの気分ですか。」
袋からはみ出す程の食材がイルカの両手にあり、重くて大変なんですと片方を渡された。ごく自然に、当たり前のように受け取りながら答えを探す。
「えっと、野菜の肉巻きがいいです。」
売り切れて食堂で食べ損なったから具体的に口から出てしまったが、それを聞いてイルカは目を見開いて驚きそして笑った。
「俺、そのつもりで買ってきてました。」
凄い偶然と屈託なく笑う顔に、カカシは胸の奥がくすぐったくて無性にイルカを抱き締めたくなった。言い争いをあれで終わりとしてくれる気遣いが解り、自分からは何も言わないと決めた。
「あ!」
イルカの声にそんな気持ちを悟られたかと焦る。顔が赤くなった自覚もあって視線を外そうとしたが、上手くいかずにイルカの顔に釘付けのままだった。
「カカシ先生、結局まだまな板や鍋なんか先生の所に置きっぱなしです。うちじゃ料理できません…。」
ちろりと上目使いに見る目に行ってもいいかと催促されたような気がし、カカシは黙って歩き出した。
だがイルカは付いてこない。
「うちで作ってくれるんでしょ?」
振り向き荷物を持っていない手を差し出すとイルカは恐る恐る手を出したが、触れる直前に引っ込められた。立ち止まったまま、その手を胸の前で握るイルカの顔は泣きそうだった。
「…手を握る位は大丈夫だったじゃない。」
カカシはふうと息を吐いて立ち止まり、イルカの元へと数歩戻ってそっと前に立った。
「でも、怖いんです。」
声が少し震えていた。
あの時の一体感は感電のショックに近いと言った。今も恐怖以外のなにものでもないだろうが、その恐怖を取り除かなければこれからの二人の関係は確実に悪化する。
オレは、この人を守りたいんだ。
「指先だけ、触ってみて。」
手甲を外した手のひらを上に向けてイルカに差し出す。人差し指がちょんとつつくように触れる。次は中指も触れる。何も起こらない。イルカは親指以外の四本の指をゆっくりカカシの手に乗せ、暫くそのままにいた。
何も言わないので大丈夫なんだろうと握手のように握った途端にイルカは手を引いたが、勿論カカシに離す気はなかった。
「やめ、て、」
「嫌だ。」
きつく握られおののくイルカの隙を見て、指と指の間に自分の指を滑り込ませて絡めればもう簡単には離れない。カカシは密かに笑みを浮かべた。
「どう?」
諦めたイルカの顔が次第に赤くなっていく。
「だい、大丈夫、みたいです。」
「うん、ゆっくりチャクラが流れるでしょ。オレは三代目と違っていつも一緒にはいられないからね、イルカ先生を捕まえたらその都度流しておかないとって思ってるから。」
溜めておけないのかなぁと考え込んだカカシに、イルカはできますと言って絡めた指にほんの少し力を籠める。
「三日位までなら、俺の中にチャクラを溜めておいて一定量を夜に流し続けられます。」
それでもたった二日でも三代目が里を留守にする用があれば、イルカはお付きとして出掛けている。それが叶わないような、退っ引きならない事態が一度も起こっていないとはなんという幸運か。
「チャクラを溜めないまま何日も三代目が側にいなかった事はなかった?」
手を繋いで歩く。カカシにはチャクラが流れ出す感覚が殆どなく、ただ僅かにイルカの体温ではない温かさを感じている。
「んん…と、そういえばないですね。」
イルカは半分上の空で答えた。
三代目のチャクラはいつも俺と夜をくるむように守ってくれたけど、カカシ先生は違った。
チャクラが獣のように身体中を駆け巡り、どうにかなってしまいそうに身体が熱くなったなんて。
本当の事は、決して言えない。
中忍選抜試験に自分の班の三人を推薦し、まだ早いと食って掛かってきたイルカと思わぬ口論になってしまった。
先に推薦すると話しておけばその時は喧嘩にもなろうが、お互いに納得のいくまで討論できただろう。
後悔とびっしり書かれた薄衣が、カカシを幾重にもくるんで窒息しそうだ。
謝罪をする気はない。イルカと自分では立場も見方も違うから、意見が違うのは当たり前だと思っている。売り言葉に買い言葉となってお互いに頭に血が上り、三代目や上忍師仲間達が間に入って強制的に分かたれたままな事が悔やまれるのだ。
カカシは暫く待機所で頭を冷やすと共に時間を潰し、そろそろだろうとイルカの帰宅を部屋の外で待った。
昼が長くなかなか暗くならない為に、アパートに次々と帰宅する忍び達はカカシの姿を見付けてはもれなく不審な動きをして逃げるように去っていく。
既にいさかいの詳細は知れ渡っているようで、昨日一緒に西瓜割りをした面々が誰も話し掛けてこない。いたたまれない。
帰ろうか、と俯き気味にイルカの部屋の前から離れてのそのそと階段を降りる。自分の爪先の前に誰かの爪先が見えて顔を上げれば、イルカが先を阻むように立っていた。
「カカシ先生、魚と肉のどちらの気分ですか。」
袋からはみ出す程の食材がイルカの両手にあり、重くて大変なんですと片方を渡された。ごく自然に、当たり前のように受け取りながら答えを探す。
「えっと、野菜の肉巻きがいいです。」
売り切れて食堂で食べ損なったから具体的に口から出てしまったが、それを聞いてイルカは目を見開いて驚きそして笑った。
「俺、そのつもりで買ってきてました。」
凄い偶然と屈託なく笑う顔に、カカシは胸の奥がくすぐったくて無性にイルカを抱き締めたくなった。言い争いをあれで終わりとしてくれる気遣いが解り、自分からは何も言わないと決めた。
「あ!」
イルカの声にそんな気持ちを悟られたかと焦る。顔が赤くなった自覚もあって視線を外そうとしたが、上手くいかずにイルカの顔に釘付けのままだった。
「カカシ先生、結局まだまな板や鍋なんか先生の所に置きっぱなしです。うちじゃ料理できません…。」
ちろりと上目使いに見る目に行ってもいいかと催促されたような気がし、カカシは黙って歩き出した。
だがイルカは付いてこない。
「うちで作ってくれるんでしょ?」
振り向き荷物を持っていない手を差し出すとイルカは恐る恐る手を出したが、触れる直前に引っ込められた。立ち止まったまま、その手を胸の前で握るイルカの顔は泣きそうだった。
「…手を握る位は大丈夫だったじゃない。」
カカシはふうと息を吐いて立ち止まり、イルカの元へと数歩戻ってそっと前に立った。
「でも、怖いんです。」
声が少し震えていた。
あの時の一体感は感電のショックに近いと言った。今も恐怖以外のなにものでもないだろうが、その恐怖を取り除かなければこれからの二人の関係は確実に悪化する。
オレは、この人を守りたいんだ。
「指先だけ、触ってみて。」
手甲を外した手のひらを上に向けてイルカに差し出す。人差し指がちょんとつつくように触れる。次は中指も触れる。何も起こらない。イルカは親指以外の四本の指をゆっくりカカシの手に乗せ、暫くそのままにいた。
何も言わないので大丈夫なんだろうと握手のように握った途端にイルカは手を引いたが、勿論カカシに離す気はなかった。
「やめ、て、」
「嫌だ。」
きつく握られおののくイルカの隙を見て、指と指の間に自分の指を滑り込ませて絡めればもう簡単には離れない。カカシは密かに笑みを浮かべた。
「どう?」
諦めたイルカの顔が次第に赤くなっていく。
「だい、大丈夫、みたいです。」
「うん、ゆっくりチャクラが流れるでしょ。オレは三代目と違っていつも一緒にはいられないからね、イルカ先生を捕まえたらその都度流しておかないとって思ってるから。」
溜めておけないのかなぁと考え込んだカカシに、イルカはできますと言って絡めた指にほんの少し力を籠める。
「三日位までなら、俺の中にチャクラを溜めておいて一定量を夜に流し続けられます。」
それでもたった二日でも三代目が里を留守にする用があれば、イルカはお付きとして出掛けている。それが叶わないような、退っ引きならない事態が一度も起こっていないとはなんという幸運か。
「チャクラを溜めないまま何日も三代目が側にいなかった事はなかった?」
手を繋いで歩く。カカシにはチャクラが流れ出す感覚が殆どなく、ただ僅かにイルカの体温ではない温かさを感じている。
「んん…と、そういえばないですね。」
イルカは半分上の空で答えた。
三代目のチャクラはいつも俺と夜をくるむように守ってくれたけど、カカシ先生は違った。
チャクラが獣のように身体中を駆け巡り、どうにかなってしまいそうに身体が熱くなったなんて。
本当の事は、決して言えない。
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