あのね、とカカシは食後のまったりした時間にさりげなく切り出した。手には汗が滲んでいる。
「もしできたら、ここに出入りしてくれると嬉しいんですが。」
「…どういう意味ですか。」
イルカの瞬きが増えたのは脳内で処理しきれないからだと、短い付き合いでもカカシには解る。イルカの癖一つ一つを覚えてしまう程に、自分はこの人を見ていたのだと思わず笑みが出てしまえばそれを咎められた。
「何がおかしいんです。」
ほら少し拗ねたような顔、こんな表情も最初の頃にはしなかったよね。友達には見せてたけど。
それだけ親しくなれたのが、オレは嬉しくて堪らないんだよ。
「イルカ先生がオレを受け入れてくれたんだなあって、しみじみしてるんです。」
途端に頬が染まり、イルカは目をさ迷わせて狼狽えた。いや、そんな、と呟き両手で顔を覆ってはあと大きく息を吐くとやがて顔を上げてきっとカカシの顔を睨んだ。
「仕方ないじゃないですか、勝手に三代目と交替しちゃって貴方がそれを覆す気がないなら。」
あ、照れてる。嫌じゃないんだ。
一層笑みを深めたカカシに、イルカはお茶を淹れ直すと言って立ち上がった。真っ赤な耳はカカシに満足な答えをくれている。
「いくら上忍師といえどオレは先生より任務が不規則ですから、チャクラの受け渡しは先生の生活に合わせた方がいいでしょう。」
「はい、そうしていただけると助かります。」
「その為にお宅に伺うのは許してもらえるとしても。」
勿論と真顔になったイルカが頷く。切り替えが早いのは幾つも仕事を抱えるイルカの特技だ。
「夜中や朝に帰宅してそのまま寝てしまうので伺えない日もあるし、また時を置かずして出てしまう事もあります。」
カカシでなければならない任務が多い事は、受付でも火影の側でも書類に触れて知っている。多忙に同情したイルカの眉がひそめられた。
「オレが里にいても見掛けなかったら、ここに来て下さい。」
大抵寝てますよ、とイルカがカカシの世話をできなくなったあの朝に一旦返された鍵をまたイルカの前に置いた。が、イルカはすぐさまそれをカカシの前に滑らせた。
「遠慮しておきます、どなたかとかち合ってしまうかもしれません。」
「誰も来ませんよ。」
「でも、カカシ先生だって女性といたい時があるでしょうし。」
イルカが何が言いたいのかはカカシにも理解できた。まともな男なら女を抱きたい時もあるだろう、家に連れ込む相手がいるだろう、という意味だ。
頭に血が昇るってこういう事なんだとちらりと思った一瞬の後には、カカシは食卓越しにイルカの両手首を握っていた。
ガタンと音をたて、イルカの座っていた椅子が後ろに倒れた。離せとイルカが立ち上がり、腕を自分の身に引き寄せる。余計に力を籠めたカカシはそのまま食卓に乗り上げ、鼻が付く程イルカに迫っていった。
「オレは自分であんたの側にいるって決めた。自分であんたに縛り付けられるって決めた。一生、ね。」
イルカの顔色が失われ、身体が震えだした。涙を堪えて唇を噛む。ひくりと喉が鳴ったらそれからはもう止まらない。
わあわあ泣きたいのを嗚咽にとどめても、涙だけはどうにも抑えられない。ぼろぼろ零れ顔がぐしゃりと歪んで俯いた。
「だから、それが、」
嗚咽の合間に吐き出された言葉が止まる。嬉しいなんて言っちゃいけない、言ってしまったら。
「迷惑なのは知ってる。でも、オレはオレの意思で決めたんだ。」
諦めて、と鼻を擦り付ければ触れたそこからじわりと二人の身体に沸き上がるものがあった。
「嫌、駄目。」
イルカが崩れ落ちる。手を離し食卓を乗り越えたカカシは、イルカが床に身体を打ち付ける寸前に掬い上げた。
ああまただ、一体感が。
背を駆ける甘い感覚に、カカシはイルカをぎゅうと抱き締めてしまった。チャクラが渡る。渡りながら溢れ出す劣情とカカシは戦った。
朦朧とするイルカをそっと床に置き、肩で息をしてぺたりと床に座り込む。小さな声が寝室の方から聞こえて振り向けば、夜がゆっくり近付いて来るところだった。
「どうしようかと思ったわ。覗き見趣味はないけど、イルカが拒めばあんたは罪人になるもの。」
訳知り顔で言われ、カカシは胸の痛みに耐えて夜を撫でる。
「お前、案外酷い奴だね。」
聞こえない振りをし、夜はイルカの顔を覗いた。
赤い頬が示す感情にまだ整理はついていないだろうが、その感情の名前位は知っている筈だ。
「イルカ、もうあんたも認めるでしょ。」
そうだよ、とイルカは心で答える。伸ばした手が夜に届く前に、夜から近付き手のひらに頭を擦り付けてごろごろと喉を鳴らした。
一生を預けてしまいなさい。心も身体も捕らわれてしまいなさい。
イルカの耳元で囁けば、ぐすりと鼻を啜りながら駄目と頭を降った主が心を迷子にしたままの子供の頃に戻ったように思えて可笑しくなった。
「幸せになる権利は誰にもあるのよ。」
あんたが幸せにならないとあたしがコハリ様に怒られるの、と夜はイルカに身を寄せた。
「もしできたら、ここに出入りしてくれると嬉しいんですが。」
「…どういう意味ですか。」
イルカの瞬きが増えたのは脳内で処理しきれないからだと、短い付き合いでもカカシには解る。イルカの癖一つ一つを覚えてしまう程に、自分はこの人を見ていたのだと思わず笑みが出てしまえばそれを咎められた。
「何がおかしいんです。」
ほら少し拗ねたような顔、こんな表情も最初の頃にはしなかったよね。友達には見せてたけど。
それだけ親しくなれたのが、オレは嬉しくて堪らないんだよ。
「イルカ先生がオレを受け入れてくれたんだなあって、しみじみしてるんです。」
途端に頬が染まり、イルカは目をさ迷わせて狼狽えた。いや、そんな、と呟き両手で顔を覆ってはあと大きく息を吐くとやがて顔を上げてきっとカカシの顔を睨んだ。
「仕方ないじゃないですか、勝手に三代目と交替しちゃって貴方がそれを覆す気がないなら。」
あ、照れてる。嫌じゃないんだ。
一層笑みを深めたカカシに、イルカはお茶を淹れ直すと言って立ち上がった。真っ赤な耳はカカシに満足な答えをくれている。
「いくら上忍師といえどオレは先生より任務が不規則ですから、チャクラの受け渡しは先生の生活に合わせた方がいいでしょう。」
「はい、そうしていただけると助かります。」
「その為にお宅に伺うのは許してもらえるとしても。」
勿論と真顔になったイルカが頷く。切り替えが早いのは幾つも仕事を抱えるイルカの特技だ。
「夜中や朝に帰宅してそのまま寝てしまうので伺えない日もあるし、また時を置かずして出てしまう事もあります。」
カカシでなければならない任務が多い事は、受付でも火影の側でも書類に触れて知っている。多忙に同情したイルカの眉がひそめられた。
「オレが里にいても見掛けなかったら、ここに来て下さい。」
大抵寝てますよ、とイルカがカカシの世話をできなくなったあの朝に一旦返された鍵をまたイルカの前に置いた。が、イルカはすぐさまそれをカカシの前に滑らせた。
「遠慮しておきます、どなたかとかち合ってしまうかもしれません。」
「誰も来ませんよ。」
「でも、カカシ先生だって女性といたい時があるでしょうし。」
イルカが何が言いたいのかはカカシにも理解できた。まともな男なら女を抱きたい時もあるだろう、家に連れ込む相手がいるだろう、という意味だ。
頭に血が昇るってこういう事なんだとちらりと思った一瞬の後には、カカシは食卓越しにイルカの両手首を握っていた。
ガタンと音をたて、イルカの座っていた椅子が後ろに倒れた。離せとイルカが立ち上がり、腕を自分の身に引き寄せる。余計に力を籠めたカカシはそのまま食卓に乗り上げ、鼻が付く程イルカに迫っていった。
「オレは自分であんたの側にいるって決めた。自分であんたに縛り付けられるって決めた。一生、ね。」
イルカの顔色が失われ、身体が震えだした。涙を堪えて唇を噛む。ひくりと喉が鳴ったらそれからはもう止まらない。
わあわあ泣きたいのを嗚咽にとどめても、涙だけはどうにも抑えられない。ぼろぼろ零れ顔がぐしゃりと歪んで俯いた。
「だから、それが、」
嗚咽の合間に吐き出された言葉が止まる。嬉しいなんて言っちゃいけない、言ってしまったら。
「迷惑なのは知ってる。でも、オレはオレの意思で決めたんだ。」
諦めて、と鼻を擦り付ければ触れたそこからじわりと二人の身体に沸き上がるものがあった。
「嫌、駄目。」
イルカが崩れ落ちる。手を離し食卓を乗り越えたカカシは、イルカが床に身体を打ち付ける寸前に掬い上げた。
ああまただ、一体感が。
背を駆ける甘い感覚に、カカシはイルカをぎゅうと抱き締めてしまった。チャクラが渡る。渡りながら溢れ出す劣情とカカシは戦った。
朦朧とするイルカをそっと床に置き、肩で息をしてぺたりと床に座り込む。小さな声が寝室の方から聞こえて振り向けば、夜がゆっくり近付いて来るところだった。
「どうしようかと思ったわ。覗き見趣味はないけど、イルカが拒めばあんたは罪人になるもの。」
訳知り顔で言われ、カカシは胸の痛みに耐えて夜を撫でる。
「お前、案外酷い奴だね。」
聞こえない振りをし、夜はイルカの顔を覗いた。
赤い頬が示す感情にまだ整理はついていないだろうが、その感情の名前位は知っている筈だ。
「イルカ、もうあんたも認めるでしょ。」
そうだよ、とイルカは心で答える。伸ばした手が夜に届く前に、夜から近付き手のひらに頭を擦り付けてごろごろと喉を鳴らした。
一生を預けてしまいなさい。心も身体も捕らわれてしまいなさい。
イルカの耳元で囁けば、ぐすりと鼻を啜りながら駄目と頭を降った主が心を迷子にしたままの子供の頃に戻ったように思えて可笑しくなった。
「幸せになる権利は誰にもあるのよ。」
あんたが幸せにならないとあたしがコハリ様に怒られるの、と夜はイルカに身を寄せた。
スポンサードリンク