11

「そうだカカシ先生、嫌いな物同士を取り替えませんか。」
名案でしょうと目を輝かせてはしゃぐイルカはどうしても混ぜご飯を食べたくないらしく、カカシも大量の天ぷらの行く末を案じていたので助かったと胸を撫で下ろしてその提案に頷いた。
いい大人なのに子供っぽくて可愛いところも好ましい人だよなぁ、とカカシの口元が緩んだ。
「だったら取り替えるといっても外では難しいので、うちで食べながらでいいでしょう。」
そこですよと振り向き指をさされた先に、三階建ての最上階にあるカカシの部屋が見えた。
提案した途端に無謀だと気付いたが、まさかそんな方向に転がるとは思わなかった。徒歩でも三分と掛からない距離だろうから行ってもいいな、とイルカは頭の中で道程を辿った。
だが閉められたままのカーテンが気になる。カカシが花柄を好むとは思えなかったからだ。
「…いいんですか。」
「勿論。」
イルカの躊躇にどうしてとカカシは首を傾げ、空腹で倒れるから早く行こうと満面の笑みで腕を取ってはぐいと強く引く。
カカシ先生がいいと言うなら行ってみよう。そこで恋人の存在が明らかになれば、夜が何と言おうとこれ以上関わらせたくはない―。カカシに会えて浮かび上がったイルカの気持ちが、重りを付けてまた沈んでいった。
「じゃあちょっとだけ、お邪魔します。」
カカシの私生活を知りたいが知りたくない、相反する心を抱えてイルカはのろのろと後を付いて行った。
あまり誉める所がないような古い建物の鉄の階段を、大人二人で軋ませながらそっと昇る。ここですとカカシがドアノブに手を掛けた部屋の前で、イルカはまだ今なら帰れると一歩後ずさりをした。
「やっぱりご迷惑じゃないですか、…食事を作って下さる方が後からいらっしゃるかもしれないですし。」
「え、誰が作ってくれるんですか? イルカ先生なら大歓迎ですけど。」
イルカの遠慮の意味を理解してもらえない。
いやカカシ先生は、俺がいる時に彼女が来ても隠す気なんかないんだ。もしかしたら俺に紹介してくれるつもりかもしれない。
その時はちゃんと挨拶しなきゃとイルカは自分に言い聞かせ、背中を押されて開かれた扉を潜った。
正面の廊下の先はリビングだろう、ソファセットと床に山積みの書類が見えた。そこへと歩く廊下の、両端には埃玉が転がっていた。
「掃除してなくて、イルカ先生を迎えるのに申し訳ありませんね。」
リビングだけで一日の殆どをすごしているから、とイルカの座る場所を作りながらカカシは言い訳をした。
リビングに連なり、更にあとふた部屋あると聞いてイルカは脱力する。
「広さは俺んちの倍以上ありますよね。あそこにカカシ先生を上げたのかと思うと、物凄く恥ずかしくなりました。」
まあまあとソファに座らされ、顔を回して見渡した空間には女の存在を示す物は何もなかった。
「イルカ先生の部屋の方が落ち着きますよ。いくら広くても、ここには生活感がないでしょう。」
笑われてイルカは細部まで探った事を恥じたが、カカシ以外の痕跡がない事に酷く安心してもいた。
だがそれなら逆に、カカシが女の家に通っているか住み着いているのかもしれない。可能性の憶測が、理由の解らないままイルカを息苦しくさせた。
「去年まで毎年、オレが下忍認定で落とし続けていた事はご存じですか。」
床の書類を隅に移しながら話し続けるカカシに、三代目から聞いたとイルカは頷いた。
「落とせばその一年は通常の任務につきます。落とす度に三代目がまた来年上忍師をやれと言うので、その繰返しで何年もここに住んでいるだけなんです。寝に帰るだけだから、どんな部屋でもいいと思ってました。」
イルカにもそれは理解できる。アカデミー教師になるまでは、任務で疲れた身体を休められれば屋根と布団があれば天国だと思っていたのだから。
「イルカ先生の部屋はとても安らぎました。生活感があるのはいい事なんだって考えさせられましたよ。」
その部屋の様子を思い出したカカシは、持ち主のイルカに視線を移してふっと目を細めた。
「おだてても何も出ません。」
「んーそうですかぁ。」
自分に似た笑顔が恥ずかしい。視線を外して、イルカは手汗を腿で擦った。
「カカシ先生、もう変化を解いてもいいでしょう?」
ああと思い出し戻った姿に、イルカの全身から汗が噴き出た。
器用に左目だけを瞑り、何にも邪魔されないカカシの素顔が間近にあって心臓が止まるかと思った。自分の部屋でも口布を下ろし顔を晒してくれた時は、平常心と呟き続けてカカシが帰るまで動悸が治まらなかったのだ。だが今はその比ではない。
「イルカ先生?」
「あの、カカシ先生の顔を見ちゃいましたけど。」
「すみません、あいつらには内緒で。」
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。