10

自分に向かって発せられたとおぼしき声の方へカカシが顔をやれば、通りの反対側にイルカが立っていた。目が合うとイルカはへにゃりと崩れた笑い顔になった。
誰も気付かず通りすぎた変化のカカシに、イルカだけが気付いた事がとても嬉しかった。感情が顔に出てしまったなと思いながら、平静を装いゆっくりイルカに近付く。
「解ります?」
「はい。」
事情があるのだろうと察して、イルカは余分な言葉を発しない。
「暑かったので。」
それは嘘ではない。素顔にタンクトップと膝までのハーフパンツは、刃物の防御対策の為に通気の悪い忍服と比べれば格段に心地好い。
ただ変化が女避けだとは、イルカには言えなかった。
「驚きました、なんだか新鮮で。でもその顔というか全体は、誰かを真似したんでしょうか。」
少し赤らんた顔でイルカが問うので、カカシは自分の顔を触って変ですかと聞き返した。
誰を真似たという事はないが、久々の変化だから何かおかしいのだろうか。そういえば、とカカシは一歩踏み出した。
「イルカ先生は、なんでオレだと解りました?」
途端にイルカの顔が真っ赤になる。
「あ…チャクラに、夜が混じっていましたから。」
昨夜あれだけくっつかれたからかと、カカシは素直に納得した。
夜の気配がしたから気付けたのは本当だ。ただ近付いて話をしたら、笑い顔などのちょっとしたところが鏡で見るイルカ自身にどことなく似ている気がして恥ずかしかった。
無意識に身近な者に似せてしまう事はよくある。カカシも昨夜会ったばかりだから記憶の底にイルカがいても当然なのだと自分を落ち着かせると、カカシの手元を見る余裕ができた。
「実は、空腹に耐えきれず弁当を買いました。そしたら嫌いな天ぷらが山盛りでした。」
見られちゃったとカカシは困ったように笑い、弁当の袋を掲げた。残り物で作ったからサービスだよと、店じまいの為に全部乗せられたと言えばその雑多さにイルカが笑う。
「俺は食べる前に仕事が終わりました。」
イルカが持ち上げたのも弁当だった。
「ああ、ナルトががっかりしていた件ですね。もう終わったんですか。」
「中断させられたんです。」
深夜までかかる残業だと気合いを入れていたが、急遽電気系のメンテナンスで居残る事ができなくなったとほっとした顔でイルカは説明した。
「可愛い先生と一緒にいられなくて残念でしたね。」
わだかまる苦い思いを隠して突いてみれば、苦手なんですとイルカは顔を擦った。
「何かを期待されて、俺がリードしなきゃならない状況を作られるんです。」
理解できないというカカシの表情に、イルカは小さく肩を竦めて溜め息をついた。
「その、ユリ先生が俺を頼ってくださるのは嬉しいんですが、ご自分でもできるだろう事を持ってこられるので。」
確かにイルカは先輩で、持ち込まれた事柄には精通していた。だが急ぎではないだろうし、時間を掛ければユリ一人でもできる筈だ。そう指摘したがまだ解らない部分があるから早く覚えたいと言われ、断れずにいたらユリはお詫びにとさっさと弁当を買いに出た。
イルカとしては、そんな時間があれば少しでも片付けて早く帰りたかったのだが。
憂鬱そうに話す様子からは、ユリを嫌ってはいないが特別にも思っていない事が解った。イルカにはユリへの好意が見えない、と言っていたサクラの目は正しかったのだ。
鈍い人だなと、何故か安心しながらカカシは密かに笑った。
「あ、何ですかその笑い。」
変化していたから口布がない事をカカシは忘れていた。どうせお人好しだと思ってるんでしょう、と顎を引いて上目使いにカカシを睨むイルカに今度は歯を見せて笑ってやった。
「うん、お人好しですね。」
「おまけに混ぜご飯なんで、ちょっとへこんでます。」
ほらと見せた弁当の透明な蓋の下で、ひじきや蒟蒻や人参の混ぜご飯は半分の面積を占めていた。
「はあ。」
何か変わった物が入っているのかとカカシがじっと弁当を見詰めていたら、イルカは唇を尖らせそれをずいとカカシに突き出した。
「俺は混ぜご飯が苦手なんです!」
勢いで受け取ったカカシは、弁当を持ったまま無言で次のイルカの出方を待つ。
「正直に言えば、できるだけ食べたくないんです。」
「…それは、嫌いだと言っているんですね?」
そろりとイルカの代わりに言ってやれば、ぶんと頭を縦に振る。更に何度も振り続けるので、それ程嫌いなんだと呆れた声にイルカはしょげて下を向いた。
「俺が悪かったんです。何が食べたいのか聞かれて、何でもいいなんて言ったので。」
「だったらオレも、目の前でどんどん山積みになる天ぷらを見ているだけでしたからね。」
見詰め合ってくくっと抑えた笑いで肩を揺らし、お互いしょうもないねと笑い合った。
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