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「怖いんじゃない。それに、…ただの夢だ。」
声に出して自分に言い聞かせる。だが震えは収まらず、カカシは床に胡座をかき背を丸めて抱えた頭を膝の間に落とした。
心を無にすべく規則正しい呼吸を繰返し、やがて平常心に戻る事ができると安堵の息を大きく漏らした。

なるべく手伝わないと決めている、下忍の任務の監督は今日も暇だった。結局一日中イルカと夜の事で頭が占められてしまい、いつも以上に全てが上の空のカカシに子供達は腹をたてる事さえ諦めた。
「イルカ先生、暫くアカデミーだけなんだって。」
報告に向かう道すがら、見掛けた若い女の忍びに走り寄ったナルトが膨れた顔で戻って項垂れた。
任務を早めに完遂できた事で余裕ができ、受付にいたらイルカをラーメンに誘いたかったのだ。
「イルカ先生の予定を優先できるまでには成長したな。」
「何見下してんだ、サスケ。」
苦笑いしながら口喧嘩に発展した二人の間に身体を入れ、カカシは各々の頭を鷲掴みにして引き離した。
一人で文句を言い続けるナルトに、サクラは同情のひと欠片もなく自分の興味を優先させる。
「ユリ先生はどこへ行くんですって?」
「イルカ先生と一緒に残業だから、弁当を買いにいくんだってよ。」
「相変わらず仲がいいのね。お似合いなんだけどなあ、なんで付き合ってないんだろ。」
思わず勢いよく振り返ってその女を見たが、カカシの記憶にはない顔だ。サクラがカカシの右目だけでそれを読み取る。思春期の女の子は、四方にアンテナを張り巡らせているのだ。
「あら、カカシ先生は知らないの?」
「まあ、イルカ先生とはプライベートな話はしないねえ。」
苛々するのは曇り空と湿気のせいだろうか、とカカシは息苦しさに口布をむしり取りたくなった。
カカシ先生には関係ねえしなぁ、とナルトは会話に加わらず先を行くサスケを追い掛けて歩き出す。
イルカの私生活にカカシはいらないのだと断言され、ちくりと胸が痛む理由が解らずに奥歯を噛み締めた。
確かに夜がいなければ、イルカとはこれからもただの知り合い程度だっただろう。いやもっと疎遠になる可能性がある。一度夜の頼みを拒んでしまえば、きっとそれきりだ。
朝から考える事は、何でも必ずそこに辿り着いた。何故自分でなければならないのか、知ってからでは抜け出せないだろうと予感がしても踏み出そうとする足を抑え続け、精神の疲労はカカシの背中を更に丸めた。
特別にイルカ先生とユリ先生の事教えてあげる、とカカシの隣を歩くサクラが大人の恋模様を知ったかぶって話し出した。誰でもいいから話したくてうずうずしていたのだ。
ユリはイルカの一つ下で三年後輩に当たる。アカデミーに女性が少ないからと近所に住む大先輩のスミレ先生に勧誘された形で、あれよあれよという間に教師になったのだという。
「ユリ先生は絶対イルカ先生が好きなの。でもイルカ先生の方は鈍いんだか興味がないんだか、見ていても全然解らないのよ。」
カカシには夜以外の全てに興味がないように見えたが―生徒達に手を抜くなどはあり得ない話だ―、付き合いが浅いからイルカの別の顔を知らないだけかもしれない。
「優しいからもてるんですけどね。」
「イルカ先生が?」
「カカシ先生と違ってね!」
遥か彼方のナルトとサスケに追い付こうとサクラが走り出し、カカシは一人取り残された。
イルカの色恋の話に驚いた訳ではない。成人に何もなければそちらの方がおかしいだろう。
何故だか足がふらつく自分に、熱中症かなあとカカシは見当違いの自己診断をくだす。具合が悪いんだ、報告は三人に任せようと立ち止まってカカシを待つ子らに頼むなと声を掛けて逃げた。

「腹減ったなぁ…作るのめんどくさい。」
ならば食べに出ればいいのだが、カカシが一人でいると高確率で知人でもない女が声を掛けてくる。だが相席を許す事はなく、食べかけでも逃げるようしている。
食いはぐれたと溢せば据え膳をひっくり返したのかと驚かれ、入れ食いだなと羨望に嫉妬を混ぜて茶化される。けれど自分を受け入れてくれはしないと解っているのに、一夜が明けて虚しい思いをすると解っているのに、どうして自ら傷付きに向かわなければならないのだ。
ただただ存在を愛されていた日々は、記憶の中では霞んで思い出せなくなっていた。
寝ていても容赦なく腹が鳴る。
「変化するか。」
当たり障りのない黒髪の若者に化けた。前髪を左目の上に流してでき上がり。あまり弄らない方が反って解りにくいものだ。
店を探しながら歩く内に気が変わり、近所の弁当屋で最後の一個を買って帰る。幕の内だから多種の惣菜が入っていたが、海老フライとコロッケの代わりに天ぷらが山盛りだった事には目を瞑った。
「あ、」
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