ずしりと重い夜の真実を受け止め損ない、天井を見上げて息を継ぐ。息の大きさに振り返った夜はその意味をすぐ悟り、悪いがもう少し付き合えと申し訳なさそうに目を伏せた。
十年間放置されていてもコハリの術に綻びはなかったが、三代目は念には念を入れてコハリの呪縛術の外側に封印術を構築し直した。
「でもそれがほどけたからと、封印し直そうとしてもイルカにはそれだけの力がない。というか、あの爺様に匹敵する力は誰も持たないでしょ。」
夜の命は無限だが三代目の命は有限だ。その時が来たら、封印が綻び怨霊が解き放たれる可能性はゼロではないという。
声は落ち着いているが、緊張に夜の髭と耳がぴんと張った事が見てとれた。
「だからね、怨霊があたしから出る時には、あたしも怨霊も消滅するようにしてもらったの。」
夜は最善の策として、自分の命の終焉とともに怨霊も消滅するように三代目に申し出た。
「もしも。…もしもイルカを残す事になったら、お願い。」
あんたがイルカの側にいてやって。
喉から絞り出したその言葉の意味を数秒遅れて理解し驚いていると、小さな山猫はカカシに頭を下げたまますんと鼻を鳴らした。
自分の命よりイルカを大事に思う夜。多分イルカも同じだろう。いやそれ以上に夜を失ったら泣き明かした末に発狂するかもと、夜を探してさ迷うイルカの姿がたやすく想像できた。
だがカカシにはまだ、イルカを支えるなど考えられない。それ程の存在になれる気もしない。
「夜、オレは、すぐにはうんとは頷けない。」
「解ってる。でも、あんたにしかイルカを支えられないのよ。」
「…何故、オレなんだ。」
そこへお待たせしましたとイルカが酒とつまみをちゃぶ台に並べ始め、夜は何事もなかったようについとカカシから離れて主の胡座の中に収まった。
「なんだか二人とも、昔からの知り合いみたいに見えますね。」
話が弾んで、とカカシはどうにか笑いを作った。
「夜とはもっと、ゆっくり話したいですね。」
「あたしもカカシが気に入ったわ。」
良かったなあと屈託なく笑うイルカから目を逸らし、カカシは注がれた生温い酒に口を付けた。好きな銘柄なのに美味しいとは思えない。こちらはどうですかと勧められた、喉を焼く度数のものも水のように一気に流し込んだ。腹に収まってからちりちりと焼けてきたが、胸の奥も同様に焼けて悪酔いの予感がし始めた。
「ねえ、カカシは朝が早いんでしょ。」
夜が助け船を出し、そうだったとわざとらしくカカシは腰を上げた。ここで酔い潰れる訳にはいかない。
「カカシ先生、夜を受け入れていただきありがとうございました。」
「こちらこそ、ご馳走になってしまいました。」
ぎこちなく向かい合ってお辞儀をし合うが、また今度とはお互いに言えなかった。
玄関でカカシを見上げた夜が、その肩に飛び乗った。
「悪かったわね。無理強いはしないわ。」
その言葉はイルカには聞こえていない筈だ。
そして仲がいいのとイルカに見せ付けるように頭をカカシの顔に刷り寄せ、今度はイルカにも聞こえるようにお休みと言うと夜はさっさと奥へ消えた。
帰り道、カカシは混乱する頭を冷やす為にがむしゃらに走った。気付けば火影の屋敷が見える大通りに佇んでいたが、くるりと踵を返した。
違う、三代目に相談する事ではない。自分の問題だ。
自分が知りたいと望んだ先にあった真実が、想像以上に重くのし掛かる。
走ったからか、酒が回り始めた。ふらつく脚を進めて辿り着いた自宅の床に倒れ込み、カカシはああうちなんだだと安心した途端に眠りに落ちた。
夢の中で、カカシは縋り付いて泣くイルカを冷めた目で見ていた。助けて助けてと喚くイルカを振りほどき、カカシは立ち去ろうと一歩脚を踏み出した。
いやああぁぁ―と尾を引いた叫び声に振り向くと、イルカの身体が真っ黒な霧に包まれていた。油女一族の蟲のように細かな粒がイルカにびっしりと張り付き、しゅうしゅうと音を立てて服も肌も溶かし出した。
カカシはそれをただ見ていた。痛みと苦しみに転がるイルカはカカシを呼び続けながら手を伸ばし助けを求めていたが、やがてばたりと倒れて黒い霧に包まれたままそれきり動かなくなった。
ごうと吹いた突風にカカシは思わず目を瞑り、止んだ後に開けた目には何も写らなかった。イルカの身体は欠片も残さず消えてしまったのだ。
ああ妖怪のせいか。
カカシはイルカのいた辺りにひざまづき、何もない地面をただひたすらに撫でていた。
かっと見開いた目に飛び込んだのは見知った天井で、部屋に射し込む眩しい朝日でカカシは夢だったと知った。
ベストも装備もそのままで眠ってしまった。よく寝た筈なのに、徹夜明けよりも疲れている。
起き上がると身体が震えていた。
十年間放置されていてもコハリの術に綻びはなかったが、三代目は念には念を入れてコハリの呪縛術の外側に封印術を構築し直した。
「でもそれがほどけたからと、封印し直そうとしてもイルカにはそれだけの力がない。というか、あの爺様に匹敵する力は誰も持たないでしょ。」
夜の命は無限だが三代目の命は有限だ。その時が来たら、封印が綻び怨霊が解き放たれる可能性はゼロではないという。
声は落ち着いているが、緊張に夜の髭と耳がぴんと張った事が見てとれた。
「だからね、怨霊があたしから出る時には、あたしも怨霊も消滅するようにしてもらったの。」
夜は最善の策として、自分の命の終焉とともに怨霊も消滅するように三代目に申し出た。
「もしも。…もしもイルカを残す事になったら、お願い。」
あんたがイルカの側にいてやって。
喉から絞り出したその言葉の意味を数秒遅れて理解し驚いていると、小さな山猫はカカシに頭を下げたまますんと鼻を鳴らした。
自分の命よりイルカを大事に思う夜。多分イルカも同じだろう。いやそれ以上に夜を失ったら泣き明かした末に発狂するかもと、夜を探してさ迷うイルカの姿がたやすく想像できた。
だがカカシにはまだ、イルカを支えるなど考えられない。それ程の存在になれる気もしない。
「夜、オレは、すぐにはうんとは頷けない。」
「解ってる。でも、あんたにしかイルカを支えられないのよ。」
「…何故、オレなんだ。」
そこへお待たせしましたとイルカが酒とつまみをちゃぶ台に並べ始め、夜は何事もなかったようについとカカシから離れて主の胡座の中に収まった。
「なんだか二人とも、昔からの知り合いみたいに見えますね。」
話が弾んで、とカカシはどうにか笑いを作った。
「夜とはもっと、ゆっくり話したいですね。」
「あたしもカカシが気に入ったわ。」
良かったなあと屈託なく笑うイルカから目を逸らし、カカシは注がれた生温い酒に口を付けた。好きな銘柄なのに美味しいとは思えない。こちらはどうですかと勧められた、喉を焼く度数のものも水のように一気に流し込んだ。腹に収まってからちりちりと焼けてきたが、胸の奥も同様に焼けて悪酔いの予感がし始めた。
「ねえ、カカシは朝が早いんでしょ。」
夜が助け船を出し、そうだったとわざとらしくカカシは腰を上げた。ここで酔い潰れる訳にはいかない。
「カカシ先生、夜を受け入れていただきありがとうございました。」
「こちらこそ、ご馳走になってしまいました。」
ぎこちなく向かい合ってお辞儀をし合うが、また今度とはお互いに言えなかった。
玄関でカカシを見上げた夜が、その肩に飛び乗った。
「悪かったわね。無理強いはしないわ。」
その言葉はイルカには聞こえていない筈だ。
そして仲がいいのとイルカに見せ付けるように頭をカカシの顔に刷り寄せ、今度はイルカにも聞こえるようにお休みと言うと夜はさっさと奥へ消えた。
帰り道、カカシは混乱する頭を冷やす為にがむしゃらに走った。気付けば火影の屋敷が見える大通りに佇んでいたが、くるりと踵を返した。
違う、三代目に相談する事ではない。自分の問題だ。
自分が知りたいと望んだ先にあった真実が、想像以上に重くのし掛かる。
走ったからか、酒が回り始めた。ふらつく脚を進めて辿り着いた自宅の床に倒れ込み、カカシはああうちなんだだと安心した途端に眠りに落ちた。
夢の中で、カカシは縋り付いて泣くイルカを冷めた目で見ていた。助けて助けてと喚くイルカを振りほどき、カカシは立ち去ろうと一歩脚を踏み出した。
いやああぁぁ―と尾を引いた叫び声に振り向くと、イルカの身体が真っ黒な霧に包まれていた。油女一族の蟲のように細かな粒がイルカにびっしりと張り付き、しゅうしゅうと音を立てて服も肌も溶かし出した。
カカシはそれをただ見ていた。痛みと苦しみに転がるイルカはカカシを呼び続けながら手を伸ばし助けを求めていたが、やがてばたりと倒れて黒い霧に包まれたままそれきり動かなくなった。
ごうと吹いた突風にカカシは思わず目を瞑り、止んだ後に開けた目には何も写らなかった。イルカの身体は欠片も残さず消えてしまったのだ。
ああ妖怪のせいか。
カカシはイルカのいた辺りにひざまづき、何もない地面をただひたすらに撫でていた。
かっと見開いた目に飛び込んだのは見知った天井で、部屋に射し込む眩しい朝日でカカシは夢だったと知った。
ベストも装備もそのままで眠ってしまった。よく寝た筈なのに、徹夜明けよりも疲れている。
起き上がると身体が震えていた。
スポンサードリンク