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疑問は山のようにあるが、それはこのままイルカに付いて行けば全て解消される筈だ。秘密を明かしたからには、同行させてくれるつもりはあるのだろう。
夜をどう使うのか、イルカの力量を測るにもいい機会だとカカシは少し高揚していた。
「具体的には二人でどうするのですか。」
「その熊がまだこの山にいるなら、取り敢えず捕獲します。ただ大きすぎて内密には運べないので、この場で俺達で調査する予定です。」
「どうやって?」
「話をします。」
イルカはさらりと言うが、術に掛かっていればそれは無理ではないのか。
カカシの問いに夜がにいっと笑った。
「まあ見てらっしゃい。」
暗闇に同化した夜を追うでもなく、イルカは目を瞑ってその場に佇んでいる。到底話し掛けられる雰囲気ではなく、カカシは息を殺してイルカを見守った。
一切光のない闇の中では、どれだけの時間がたったのかは解らない。突然イルカがサンダルを蹴飛ばし、手近な木の上に跳んだ。
四つ足で枝を渡っていく速さは、慌てて追い掛けるカカシを振りきってしまいそうだ。
「イルカ先生!」
聞こえていないのか、イルカは振り返りもしない。
山の中腹辺りで、突然イルカが下草へと飛び降りた。続いてカカシも降りると、倒れた熊の上に夜がちょこんと乗って二人を待っていた。
来る途中枝で引っ掛けた小さな切り傷だらけの手足を擦り、ほうと息を継いだイルカはゆっくり夜に近付いた。
「またイルカを傷付けちゃったわね。」
項垂れる夜の頭を撫でて、いいよと微笑む顔がどこか艶かしい。
「俺に移る時に服を我慢してくれるようになったのはありがたいけど、小さな傷は地味に痛いな。」
カカシ先生すみません、とイルカが顔を向けて小さく謝罪した。
「夜が先行して目標を探索して、発見すると俺に意識を移して案内してくれるんです。ただ…。」
「へえ、凄いね。ただ?」
「問題は、俺が着衣だと嫌らしくて…今までは途中で全部脱ぎ捨てていたんです。」
「だってあんな動き辛い物、いらないわよ。」
しょげたままで、ちらりとイルカを見た夜が言い訳をした。
「なんとかこれ位までは訓練したので、カカシ先生に裸を見られずにすみました。」
話しながら思い出したのか、イルカはシャツを引っ張り乱れた格好を直しながらもじもじしていた。
ああ、うん、とカカシもイルカから目を逸らして言葉を探す。もしも誰かに出会ったら、イルカは特殊な性癖かおかしくなったのかと思われるだろう。
「…ですね。」
としか言いようがない。だが何故イルカの身体に口寄せの夜の意識が入れるのか、イルカ達は移るという表現をしていたがそれもまた後で聞こうとカカシの疑問は減っては増えて、なくならないように思えた。
気まずい雰囲気から逃れたくて、カカシに背を向けたイルカは夜を抱き上げた。
「夜、ありがとう。こいつを見付けた時にはこの状態だったのか?」
「そうよ。生きてはいるけど、意識が混濁していて精神もまともじゃないわ。」
「カカシ先生、この熊で間違いないですか。」
近寄って確かめる。熊の個体の区別はつきにくく、だが黒地に白い腹の毛の右胸辺りに刈り取ったような短い一本の痕があった事を覚えていた。
「はい、そうです。」
触れば手術痕だと判った。自分の身体にもあるものだから。
「これ、熊同士の喧嘩のような自然な傷痕じゃないですよ。」
「やはり抜け忍達の仕業でしょうか。」
イルカも確認の為に触って、暫くそこを撫でていた。
カカシはその指の優しい動きに惹き付けられた。穏やかに生活していただろう熊が犠牲になったからか、イルカは労るように熊の身体を撫で始めていた。
「…夜が、三代目に報告に行きました。誰かが来た時点で引き渡し、俺達の任務は終了です。」
その後要請があれば、夜は熊との会話の為に駆り出される。だが夜が熊の頭の中を覗いた限りでは、精神の破壊が見られ会話にはならないだろうとイルカは暗い顔をした。
「貴方は山中一族の?」
「いえ、動物に限って夜がそういった事ができるというだけです。」
俺には何もできません、とイルカは天を見上げた。木々に覆われた頭上には夜空など見えなかったが、イルカの視線はその向こうの星を捉えているようだった。
「もう少し、話を聞いていいですか。」
迷惑なら今夜の事も忘れるので。
カカシの呟きにイルカの頬が緩んだ。
「夜がカカシ先生の足元にまとわりついたのは、多分秘密を共有させて俺の負担を軽くしたかったからだと思います。」
「あ、報告の時? あれやっぱり、夜だったんですか。」
「…俺が夜を使い出したのは、教師になってからです。」
生前の母親から預かったとハタチの誕生日に三代目に渡された巻物に、夜は密やかに封印されていた。
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