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まさか幾つもある山への入り口の一つで、居酒屋さえ閉まるこんな時間に会うなんて。
明らかにしまったという顔をしたイルカに、瞬時に間を詰めてその腕を取った。何かがある、逃がしてはならないとカカシの頭の片隅で猫の気配が踊る。
「イルカ先生、その格好は何?」
昼間は夏の温度になる日が続くが、まだ夜は涼しい。袖のないシャツと短パンに足元は突っ掛けのサンダルは、鬱蒼と木々の茂る山の中に入る格好ではない。
「散歩、と言っても信じないでしょうね。」
はぁとついた溜め息の後、イルカは両手で顔を擦った。
「そういう貴方は、まるで戦闘のような重装備じゃないですか。」
腰に大きめのポーチ二つ、背中には刀と、今夜のカカシに任務はないと知っているからイルカも不審に思った。
「あんなに狂暴な熊がいるとは思わなかったから。ここは演習場じゃない、一般の山ですよね。」
その山にいる筈のない熊に部下達が襲われたと報告を上げたのに、イルカは黙って通常の処理をした。傍にいた三代目にもその場で話をしていなかった。
「依頼人にも内緒でしょ。」
今夜中にこっそりと、裏で処理するつもりだろうと思ったから確認しに来た。だって部下達は下忍ではあるが本当に危なかったのだ、ただの熊ではあるまい。
「貴方もその為に来たのでしょう? 三代目の指示で。」
カカシはのんびりとしているが、イルカの手には汗が滲む。
受付での短時間で、カカシが観察し導き出した結論はほぼ正解だ。やはり里一番の忍びに掛かっては、極秘事項は極秘にならない。
軽装で山に入った、不自然なイルカの行動をいぶかしむカカシを誤魔化す事は不可能だろう。秘密を打ち明けてしまったらカカシがどんな反応をするか、少し不安はあるが言うなら今だとイルカは口を開いた。
「カカシ先生には隠し通せないでしょうから、先に夜を紹介しておきます。」
「夜?」
応えるように音もなく現れ、イルカの肩に飛び乗った一匹の猫がにゃあと高い声で鳴いた。
長い尻尾と大きな耳。顔付きからして山猫のようだ。
「夜、という名前の俺の口寄せです。」
カカシはじっと猫を見詰めた。闇に慣れた目でも、夜という猫は名前の通り夜の色をして辺りに溶け込んで見えた。四つ足を揃え、成人男性とはいえ足場としてはあまり良くないイルカの肩でも堂々と胸を張る姿はとても美しい。
しなやかに動いた夜が、イルカの耳元に顔を寄せた。
「うん、この人は忍犬使いだから喋っても驚かないよ。」
柔らかなイルカの声には、教え子に掛ける愛情とは違う愛が乗っていた。なんとなく、その声色で自分も呼んで欲しいとカカシは目を細めた。
「はたけカカシね、あたしは夜。宜しく。」
自己紹介をひとことで終わらせ、つんと鼻先を持ち上げた姿も上品だった。
「おい、そんな言い方はないだろう。敬語の使い方を教えたじゃないか。」
叱るようで叱っていない。猫の方が偉そうで、どちらが主人なんだかとカカシは笑いを堪えた。
「いやよ、イルカに近付く事をあたしが許しただけでもありがたいと思って欲しいわ。」
喉を鳴らして額をイルカの顎に押し当てる夜はイルカしか見えない、カカシに入る隙はないと教えるような仕草だった。猫特有の甘えより、もっと親密な空気が見える気がする。
「女の子なんですね。なんだかオレに嫉妬してるみたいだ。」
苦笑したカカシは、宜しくねと夜の顔を覗き込んだ。嫉妬という言葉に頬を染めたイルカは、カカシに見えないようにさりげなく夜の背中に顔をうずめた。赤面の理由が、自分にも解らなくて。
鼻を鳴らしてそっぽを向いた夜の身体を腕に抱え直すと、イルカは深呼吸してカカシに向かった。
「では、この件についてお話しします。」
抜け忍の集団が動物を使い木ノ葉の里を探っている―との情報がひと月程前に飛び込んできた。
目や耳の代わりにしているのかと、野良猫野良犬を次々捕獲し調査したが徒労に終わった。
彼らの動きは更にふた月以上前からだと聞けば、よほど訓練された動物なのかと上層部も焦り始める。
尻尾も掴めないと溢す情報部に尻尾のない動物かもと笑った時には木ノ葉の情報は漏れており、立て続けに任務先で襲撃されて負傷者が両手の数を越えてしまった。
まだ里内では何も起こっていないが、今この瞬間に犠牲者が出ない保証はないと緊急事態宣言が出される寸前。
今日の七班の任務に熊が出たと知り、イルカが動いた。
「カカシ先生の仰る通り、生息していない筈の山に狂暴な熊が出たという事自体がおかしいのです。」
向こうの山脈には確かに熊が生息している。だが熊達は縄張り意識が強く、何百年の間にもそこから全く動いた事がなかったのだ。
「俺と夜なら必ず突き止められるから、と頼み込みました。」
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