猫を飼っているとは聞いていない。いやそこまで親しくはないから、彼の生活には興味を持たなかったのだけれど。

「先生、猫の毛?」
真っ黒な髪に、同じような黒い柔らかな毛が一本。
摘まんでみればそれは玉虫のように、黒から暗い蒼へと光る不思議な色をしていた。
「え、猫の毛ですか。」
平静を装いながら、動揺した目がカカシをちらりと見た。猫嫌いなのかなと、カカシは僅かに首を傾げた。
これと翳すと、にこりと笑いきっちり動揺を隠したイルカがすみませんとそれを受け取った。
たかが猫の毛、なのにイルカはごみ箱から書き損じのメモを拾って包むと捻ってまたごみ箱へ入れた。だからカカシはイルカを、やはり猫嫌いで且つかなり綺麗好きなのだと認識した。
見るからに真面目な、全うな人種は自分と正反対なのだが、だからといって嫌いではない。ただそれだけ。
「はい結構です。明日は…畑の草取りと山のごみ拾いと、あー引っ越しもありますがどれがいいでしょうか。」
「山の方は一日かかりますかね。」
「そうですね、ひと山丸々なので見て歩くだけでも昼までには回りきれないと思います。」
主に下忍用の低級ランクを並べたリストから、イルカは七班に適している任務を上げてカカシに伺う。
今日は日射しに負けたサクラを男二人に送らせ、報告はカカシ一人だから一存で任務を選べる。三人はいつもカカシに付いてきては、提示される任務について三者三様の言い訳で却下しようと大騒ぎしているのだ。
「あの山は修業に最適ですよ。」
よくやらされました、と思い出したようにイルカが小声で言って笑うので、ならばそれでとカカシは頷いた。
立ち去ろうと踵を返したその時、動物の気配がカカシの足元にまとわりついた。立ち止まり見下ろし、辺りも見回すが何もいない。
任務帰りに口寄せの動物の気配が付いたままの忍びもいるから、それかもしれないとカカシは思った。だが今は室内に、それができるような忍びはいない。
中忍になりたてだろう、新しいベストの数人が片隅で任務の成果を自慢し合っている。カカシの脇では一般人の若い夫婦が、あれでは稲が育たないと三代目に喰って掛かってやり直しを求めている。妻はかなり腹が大きく、田植えができないから下忍に頼んだらしい。
さっきカカシの前にいた男は、技量的に何も使役できないと知っていた。
「どうしました?」
立ち止まったままのカカシに、イルカが腰を浮かせて尋ねてきた。いいえと足早に外へ出ても、一瞬だけカカシに擦り寄った感触が忘れられない。
犬ではなかった。
猫か。
野良猫が出来合いの弁当を持ったカカシの脚に頭を擦り付け、少し分けろと甘える仕草によく似た感触だった。
「猫なんて使う奴、いたかな。」
若しくは猫科の―いや木ノ葉には正しく猫しかいないし、もしいたとしても外国の猫科の動物はヒトほどの大きさらしいからさっきの気配には該当しないだろう。
「そうだ、皆が何を使うか把握しておけば任務がやりやすくなるんだよな。」
とカカシは知る限りの動物ごとのフォーメーションを考え出して、猫の事はすっかり忘れてしまった。

翌日の山の中で、カカシ達七班は危うい目に遭った。
巨大な熊に遭遇し、回れ右して逃げ出したが意外に熊の足は速い。子供達もあまりに驚き慌て、自分が忍びだということを忘れて地面を走っていた。
「落ち着いて木に登れ、チャクラを手足の裏に溜めてくっつけるんだ。」
自然に住む動物には関わらない前提だが、部下達が襲われたら熊を傷付けることもやむをえないと、カカシは千本を握り並走しながら様子を見ていた。

「カカシ先生、なんで先に熊を倒してくれなかったの?」
下草に手足を切られて薄く血が滲む。痕が残ったらどうするの、とサクラに怒られカカシは眉を下げて笑った。
「お前達は仮にも下忍なんだから、この位でオレをあてにしないの。これからもっと怖くて辛い事が沢山起こるんだから、覚悟ができないなら忍者やめなさいよ。」
やんわりと告げた言葉がサクラを黙らせた。ナルトとサスケも反論せず、口を引き結んで俯いたままだ。
ちょうど任務が終了したところだったのでそのまま引き上げたが、報告書提出時になっても三人はまだ大人しく、ご苦労様と労っても反応が薄いナルトにイルカがおろおろした。だが、
「大丈夫、一つ山を乗り越えて成長しました。」
精神的にとカカシが付け加え、イルカが偉いぞと言葉を掛ければ途端に三人の機嫌は直ってしまった。
報告書を見て熊かと呟いたイルカの声はどこか引っ掛かるものはあったが、受領されればもうそれで終わりだ。ただカカシはあの狂暴な熊が気になり、その夜こっそりと山へ入っていった。
「イルカ先生?」
どうして、と立ち止まった。
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