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二十三

「戻りましたぁ、いやホントうみの中忍は凄いですねえ。」
玄関先でイルカに変化した分身を消したむかいは、どさりと荷物を置くとそのまま座り込んでしまった。
「はい?」
「荒波先生人気者なんだもの、何も買わなくてもこんなに貰えるんですね。」
凄いです、と言うむかいの手元にはお摘まみとご飯のおかずだけの筈が、何やら予定の数倍に膨れ上がった袋が鎮座していた。ビニール袋の口から小さな包みがころころ幾つも転げ出す。
カカシがそれを拾い上げ、イルカの前に並べ始めた。食品だけではない、何故かタオルや湯飲みまでが畳に置かれた。
「何処にいても変わらず皆を引き付けるんですね。」
昔もイルカが同様に貰い物を腕一杯に抱えて帰宅したな、と思い出し柔らかく、懐かしそうにカカシは微笑んだ。昔、と言える程に思い出は霞みつつある。
―だから貴方は此処に残りたいのか。あの女がいなくても、貴方の居場所があるから。
里はもう貴方の帰る港ではない、船は新たな港を見付けてしまった。
「別に、そんな事はありません。生徒が私を慕ってくれるから親御さんがよくしてくださるんです。」
あくまでも謙虚に、生徒も親も自分を買い被っているのだと、真っ赤な顔のイルカは身の置き場がなく掛け布団の端を目元まで引き上げた。
「いいから好意は受け取ってくださいよ。皆さんがうみの中忍であろうと荒波先生であろうと大好きだってのは事実なんだから。」
むかいが何気なく言った言葉に、イルカはびくりと身体を震わせ顔を上げた。
「は、春まで私は荒波ナガレとして皆を騙さなきゃならないんですよね。私には…やりきる自信がありません。」
「でもねイルカ先生、貴方は木ノ葉の忍びなんですよ。」
まだ、と言葉を飲み込んでカカシは使命を思い出させた。イルカが無言で唇を引き締めぎゅっと拳を握ったのを見て横を向き、ひっそりと息を吐いたカカシの辛そうな顔をむかいは知らん振りした。
「ひかり先生から聞いた限りは、里でのイルカ先生としても変わらないようですし。」
むかいの言葉は、慰めのようでいて忍びらしくないとイルカを責めても聞こえた。確かに甘いとカカシにも怒られた事がある。だからカカシは今でも甘いイルカに苛立つのだろう、せめて自分の前では忍びらしくあれと。
「頑張って、みます。」
目の奥がつんと痛い。疲れたので、とイルカは布団に潜り込み二人に背を向けて目を瞑った。

いつの間にかイルカは本当に眠ってしまった。枕元に冬の陽が射し込んで眩しさに目を覚ましたらしい。
「寝ちまったか。」
夢うつつに小さな独り言が出たが、何度か瞬いて視界が明確になると思わず手で口を塞いだ。
カカシが敷き布団の角に頭を乗せ、イルカの顔の前で眠っていた。無防備に、ころんと丸まって。
息を詰め、イルカは暫くカカシを見ていた。起きる様子はない。むかいの気配もなく、二人きりのようだ。
そっと手を伸ばし髪に触れるがカカシは微動だにしない。起きたら何と言い訳をしようと思いつつ、イルカは少しだけ手に力を入れて頭を撫でた。
懐かしい柔らかな感触が鮮明に蘇らせる、良い事ばかりではなかったがそれなりに幸福な日々。
毎日のように魘されるカカシを、宥めるように頭を撫でてやっていた。大抵の幼子は胸や背中をリズミカルに叩けば眠るが、中には嫌がる子もいる為頭を撫でてやる。自然と身に付いたそれを、イルカは無意識にカカシにも当て嵌めていた。
風呂上がりに洗い髪を乾かしながら梳くとカカシは更に機嫌が良く、その晩のイルカへの愛撫は殊更優しくなった。
思い出して顔に熱が集まる。慌てて手を引っ込めたイルカの大振りな動作がカカシを起こしてしまった。
咄嗟に寝返りを打ち、カカシを視界から外す。
「ああ、まずい。」
イルカの寝顔にかつての穏やかな日々を思い出しながら、町の様子を窺いに出たむかいを待つ内に眠ってしまった。
緩慢な動作で起き上がり溜め息をつきながら、カカシは散らばるイルカの髪を手に取り軽く梳く。
「貴方がオレの夢を見る事はあるんだろうかね。」
イルカは息を殺し、じっとされるがままにいた。
「頭を撫でてもらうなんて貴方にしか許さなかった。」
同胞に身体を―肩や腕さえ触れられる事を厭う、芯から忍びのカカシが唯一身を預けたイルカ。
「寝首を掻かれても貴方なら嬉しかったろうね。」
どうせいつかは死ぬのだ、おそらく戦いの中で。
その時側にはイルカはいないから、自分は後悔を大きな塊で残してイルカの名を叫ぶだろう。
カカシの独白がイルカの胸を締め付ける。声を出さないように唇を噛むが、涙は勝手に溢れて止まらない。
どうか、この人が安らげる場所が見付かりますように。

イルカはカカシに寄り添えない。
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